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それにしても、信頼関係は大事なんだろうなと誰かの昔の話を聴いて考えたこと

これは、誰かの体験を述べたものである。この主人公は私かもしれないし、私の最愛の知人かもしれないし、彼女かもしれないし、彼氏かもしれない、もしかすると、別の人かもしれない。誰なのかは、その人の名誉のために、伏せておく。

やはり、信頼関係じゃないだろうか?学生、生徒、児童と教師もしくは大学の教員にとって大事なのは。もしも、そういった関係があれば、恐らく、どういった方向性・苦難な方向でも、努力しようと考えられる。でも、そうでなかったら、多分、どんなに力があっても力が発揮できず、心の中はノイズが走るだろう例えるならば、こんな感じのノイズ。

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白く、時たま、矢印が入っているようなノイズ。真実を覆い隠すようなノイズ。そして、そのノイズは考え方を捻じ曲げるかもしれない。

なぜ、こういったことを考えたかというと、偶然、ある動画を見たことに起因する。

最近、こういう動画を見つけたので・・・。そう思った。これは非常によい、取り組みだと思う。実際、博士課程進学の際に、有益な情報になると思う。ただ、一方で、懸念事項がある。

実は、過去に博士課程に進学を検討したことがある。ただ、最終的に、進学は取りやめることにした。どういうことかを述べるとこういうこと。

元々は医療関係の研究に興味があって、そっち系を目指していた。どんな研究に興味があったかというと、こんな感じの研究。

基礎研究といったところ。よく科学誌で寿命を延ばす研究のようなものが一時期見かけたので、それで興味が惹かれたというのもあったのかもしれない。

ただ、その当時、やたらと生物系の学部が難しくて、結局、大学進学時、化学系の他の学部に進学することになった。

まあ、正直、入学当時は、やりたかったところと違っていたこともあって、教養の時は勉強に身が入らなかった・・・と思ったけど、教養の先生方が結構、面白い方々であって、それで、まあ、大学一年の頃は、五月病にならずに済んだということがある。

それと、学んでいるうちに、この学部も悪くないと思いだしたことと、化学系の話も面白いと思うようになっていったと。

まあ、結局、特に、仮面浪人するとか、そういうことなく、専門まで進んでいくことになった。専門の頃には、この専門で行くと心に決めていていたのと、この分野でも生物系の研究に関与できるということが分かったので、そっち系を目指すことにした。

ただ、ある理由から、学んでいるうちに、比較的物理寄りの研究に興味があったので、そっちに進む方向になっていった。その当時、マックスウェルの方程式など様々な現象を単純な数式で表わすことが凄いと思って、そんな感じの数式を作って見たいなと思ってたり、どう考えても物理学科や数学科に入りなおした方がいいのでは?というような誇大妄想をしていた。まあ、結局、うちの学部の場合、半導体の理論解析の研究室がそれに近かったので入った。

個々の研究室ではいろいろと先輩たちと議論したりすることができて、楽しい一年間だったと思う。実際に、コンピューターを用いていろいろと計算したりしたし。ただ、できれば、実験の方も経験したかったなと思う。というのも・・・コンピューターでいろいろと計算するのもいいが、その計算結果が具体的にどうつながるかに徐々に興味を持ったから。

それならば、実際に「学内推薦」で大学院に行って、研究室に残ればいいのでは?という意見もあるが、実は、いろいろと諸事情があって、修士の時は別の研究室に移らざるを得なかった。まあ、先生の退官がまじかだったこともあって、院に進むなら別の研究室にした方がいいと。万が一、退官直前にトラブルがあって、留年せざるを得なくなった際に、困るかもしれないということもあって、移ったというのが本当のところだった。実際、次の年が担当教授の退官の年だったから。

最初、そっちは元々生物系の時の研究に興味があったので、面白そうな研究ができるかなと思ってた。でも・・・思ったところとは違っていた。

なんというか、あまり覇気のない人が多かったというか、最初の半導体の研究室の方がいろいろと有意義なディスカッションができたりしたので、ああいったなんというか、控えめに言って全体主義的なところがあり、担当教授とはそこそこ仲良くやってたが、他の同級生や下級生や博士課程の学生とは、あまりそりが合わなかったという感じだった。

実際、コアタイムや、いろいろと研究室のイベントに強制参加というのもあって、いろいろとあったのもあったけど。

まあ、実は、研究室に入る数か月前に、自分の実力が、完全に打ちのめされるようなできごとがあって、それで、大学院の講義を「多め」に取っていたので、比較的研究室にいなかったこともあるのだろうけど・・・

なんというか、足を引っ張りあっているような変な感じがしたので居心地が悪かったというのもあった。

実際は、パソコンでゲームをやっていたりしているのが、時間だけ、研究室に入れば、文句を言われないとか、よくわからなかったのと、研究室の飲み会や夏合宿に強制参加とかいう意味不明なことも行われていたし。まあ、結局、その日にどうしても都合が2年連続つけられなくて、その合宿に参加できなかったのだけどね。1年目はちょっとある「試験」を受けていたのと、2年目はその日「面接」だったからなんだけどね。

他の連中は不服だったみたいだが、いずれも将来を決定するための大事なものだったので、すっぽかすわけにはいかなかったのだが、とりあえず、研究室の意向に添っとけばいいという、冷笑系ネトウヨと大差ない幼稚な考えを持っている人さえいた・・・いや、君ら、一応、院生なんだよね?なんか、目的があって研究室に入ったんじゃないの?と院生なんか?と疑いたくなるような状況だった。

まあ、だから、知人が日大で居心地が悪いという話を聴いてピンと来たわけだけど。そういった同調圧力の環境にいたことや、同調圧力に屈したところで、まったく意味がなく、それどころか、害にすらなるという経験をしていたから。

そういうちょっと悪条件だったと考えざるを得ない中、私の研究は、少し遅れたが、なんとか、形にはまとまっていた。

でも、あの時、使った原子間力顕微鏡AFMは果たして精度がよかったかと言われると疑問だった。特にソフトマターではなくハードマターの測定をメインに使われるみたいだったし。あの装置の原理からしても、フックの法則から考えても、バネ定数が小さくないと測定は難しいのと、その微小な変位を検出できなければあまり意味がない気もするのだが・・・。

研究室のAFMを使えというのは謎だったので、自分でいろいろと調べた。研究よりもそういった装置の原理などの下調べの方にかなり時間がかかったと思う。・・・調べていて、やはり、無理だったと言わざるを得ないと考えるに至った。

ただ、それ以外の光学顕微鏡に偏光板を仕込んだものを使っていろいろと観察できたので、データは溜まっていった。

でっ、その後、研究室に残って、博士課程に進むかどうかの際に、親とトラブルになった。実際、知人に研究機関の人がいるので、話を聴いたことがあるのだけど、「学生ドクターだけはやめておけ」ということだった。

というのは、博士課程になった後に就職先が狭まるのが原因だということだった。実際問題、理科が好きでそっちの道を進むという人がいるけど、実際に、研究で食っていくとなったら、それだけでは決して済まないということで、実際、長くて5年で雇用を切られるし、その間に、次の就職先を見つけながら研究をするため、成果を焦りすぎるという指摘があった。後、所属先の研究室との相性とかもね。

実際、生物の分野などで研究不正が起きているらしいが、どうも非正規雇用という雇用形態に問題があるということ。というよりも、研究者という職種の場合、非正規雇用という雇用形態は合わないのではないかと個人的には考えている。正直、どこぞのSEとか、どこぞのプログラマーとかのような世界とは明らかに違う。

実際、非正規雇用がしばしば、問題になるけど、それは、その職種に対して合わないということが原因のような気もする。その職種の事情を無視して正規雇用を悪者にするような連中や、正規雇用を廃止とか騒いでいるゴロツキがいるようだが。ああいったのに乗ったのでは、こういった研究の分野ではまずうまくいかないと思う。結果を出すのには少なくとも10年はかかると言われていたから。単に、一個の実験結果を考察するのであれば、10年もいらないかもしれないが、実験を何度も行ない再現性をとったり、後、どういった実験をやっていくか、計画を立てたり、それを調整したり、一つの実験がある程度まとまったら、次はどうやるのか?などをやって、複数の実験をやっていくうちに、データが集まるのが10年くらいだと昔、私が教わった先生の一人が言っていた。5年ではとても無理だと。

こういう話を聴いた経験もあり、無責任なことをいうネオリベと称する連中の存在を聞き、私がネオリベを完全に敵対視することになったが、そのきっかけになったのは実は博士課程進学の時だった。というのも、何を目的にしているとは知らんが、博士課程に学生をかなり強く勧誘している先生がいたから。私の知人にポスドクがいたので、現状を知ってたので、研究者という進路には興味があったが、これではだめだと思った。実際問題、いい点しか話さなかったから、まったく話にならないと言った感じにね。

教員の中には、偶然、研究が当たったり、苦労なくポストにつけるケースがごくまれにあったりする。そこのボス同士の人事権の争いなどもあったりするらしい。そのようにあまり苦労なく、ポストを得た場合、軽薄になる場合もあることを知っていたので、そのパターンかと思っていた。

後、企業から博士課程に入った人や実際に博士課程に入った先輩も見たけど、結局、博士課程を満期退学したのを見たのも一つ、博士課程に冷笑的になった原因かもしれない。ただ、あの二人、企業から入ってきた方はちょっと、どうかと思っていたけど、博士課程に入った先輩の方は論文も出していたはずなので、なぜ、博士号が取れなかったのかがイマイチ不透明なところがあるような気がする。そのあたりも、博士課程進学への疑念につながったのだけどね。

結局、博士課程の道からは手を切ったけど、あまり後悔はないなというのが感想。

理系の世界から離れてみると、結構、理系の環境の中で考えていた悩みや、縛りがバカらしく思えてきたりする。そして、自分は特定の集団のことしか知らなかったのだと思うようになった。まあ、くるみロールとの出会いがある意味、そのあたりの考えを変えたのかもしれない。実際、奴にはいろいろと問題があると指摘する活動家もいるが、私にとっては研究室の覇気のない連中とは対極的な存在だったので、非常に奴との時間は有意義だったと思っている。それに、あの手の活動家は自分に気に入らないことがあると、すぐに、相手を叩くことしかしない。まるで、私が憎悪する研究室の連中と大して変わらない・・・いや、ある意味、もっと悪質なのかもしれない。「内ゲバ」と称する炎上行為をしでかすから。しかも、フェイクを流して。あの程度のフェイクはよく調べれば、嘘だと見抜けるのに、それをしようともしないから、あの手の活動家は信用ならん。奴らの言ってることは欺瞞の他ならない。例え、反差別とか聞こえのいいことを言っていてたとしてもだ。

それにしても、本質的な点は労働問題だけかと言われると、それだけではないのかもしれない。そう考えた時に・・・やはり、信頼関係じゃないだろうか?と思うことがある。学生、生徒、児童と教師もしくは大学の教員にとって大事なのは。実際、労働環境がどうであれ、今、現在はあちらこちらで、崩壊しているところがある。そうなると、それだけで、方針を変えるというのも疑問の余地はあるけど、だけど、信頼関係がもしないのであれば、どこの研究室に行こうがうまくいかないのではないかと思う。

そういう意味では、自分のやりたいことが大事だろうが、一方で、その先の研究室との信頼関係も必要なのかもしれない。

さもないと、頭の中にいろいろとノイズが入り、本来やるべき道が妨げられ、確固たる意志が形成できず、不本意な結末になるかもしれないから。

いずれにせよ、こういったややこしい世界に片足を突っ込んでから、博士課程に行くかどうかは決めればいいと思う。少なくとも、高校生や大学の低学年で決められるほど、簡単なことではないと私は思ってる。

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