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日本妖怪「河童の落語」

「さぁさぁ皆様、寄ってらっしゃい聞いてらっしゃい。河童の落語のお時間ですよぉ」

「いやはや、皆様集まって頂きありがとうございます」

「わたくし、河童はですね、人間たちの……」

「落語、というものを真似てこのような催しを開かせて頂きました」

「本場の落語とは少々ズレがあるかと思いますが」

「皆様にも落語の良さが伝わればと思い、河童界初めての落語を始めさせて頂きたいと思います」

「さて、我々河童はですね」

「皆様ご存知の通り、頭に皿、手足に水かき、肌は緑でありますが」

「人間は頭に皿はありませんし、手足に水かきなんてものもありませんよねぇ」

「まぁそんなことを語るわたくしも、人間なんて見たことはありませんが」

「やはり見ることが出来るなら一目でも見てみたいと思うのが、好奇心旺盛のわたくしたち河童の宿命」

「とある河童たちが、頻繁に人間の姿を崇めている場所があったのです」

「その場所をとある河童たちはこう呼んでおりました」

「尻子の穴と──」

「ええ、ええ、分かっております」

「わたくしめ河童たちは遥か昔、人間たちを恐れさせるため」

「わたくしたち河童は、住処である水場を人間たちには取られまいと恐ろしい話を広げました」

「河童の池を裸で泳ぐと、尻から魂を抜いてしまうと」

「もちろん、これが嘘であるのは我ら河童たちは知ってのこと」

「ただ、人間というものは自分たちと違うものを恐れる習性がありまして」

「この噂はあっという間に広がりました」

「なので今もこうして、河童の池は守られているのですが……」

「さて、ここで尻子の穴の話に戻ります」

「尻子の穴は人間の姿が崇められる珍しい場所でしたから」

「人間の姿が見える時は手を合わせていたものです」

「ところがある若者が、尻子の穴で肝試しをしようと言い出しました」

「それに賛成した者、半ば無理矢理参加させられた者など何人かの若者が」

「尻子の穴で人の姿を見たら触ってから帰って来る、というなんとも馬鹿げた肝試しでした」

「尻子の穴から必ず人の姿が見えた訳でもありませんし」

「一人ずつ行くとの約束でしたから、見たとしても触ったと言い張ればいいのですから」

「しかし嘘をつけない正直な河童がいたんですね」

「ああ、どうか、僕の出番の時には人間がいませんように……」

「と願っていたんですよね」

「そうしている間に、若い河童たちが、一人、二人と尻子の穴から行っては帰ってきます」

「そしてとうとう、正直者の河童の出番がやって来ました」

「どうか誰もいませんようにと願っていると」

「なんと、尻子の穴から見たこともないものが見えたんですよね」

「正直者の河童はすぐに分かりました」

「ああ、これが人間の姿なのだと」

「正直者の河童はすぐには動けずに、しばらくその人間を見つめていました」

「尻子の穴にある人間もじっとしています」

「触るなら今しかないと、勇気を振り絞って少〜しだけ触ってみたんですよね」

「するとどうでしょう!」

「人間が急にこちら側を向いて、我らと似たような腕を伸ばしてきたのです!」

「正直者の河童はすぐに手を引っ込めようとしましたが」

「まだ若かった河童はあっという間に人間の手に捕まってしまったのです」

「河童は水かきのない人間の手に驚き悲鳴を上げました」

「ぎゃー! 助けてくれー!」

「河童は必死に人間から逃れようと腕を引っ張りました……」

「人間は容赦なく、河童の腕を引きちぎったのです」

「もちろん、我ら河童は片腕がなくても生きてはいけます」

「しかし正直者の河童はすっかり怯えてしまい」

「何も言わずに帰ってきました」

「他の若い河童たちも、左腕のない彼を見て言葉を失いました」

「その後、正直者の河童は一切誰とも口を聞かない、黙りの河童と、呼ばれるようになったのだそうです」

「ええ、この話は我ら河童の中では有名な童話です」

「尻子の穴は今は人間たちに埋め立てられましたし、同じ被害に遭ったという河童の話も聞きませんよね」

「では尻子の穴というのは、嘘だったのでしょうかねぇ」

「……え、わたくしのこの左腕ですか?」

「なぁに、わたくしの左腕はちょっとうっかり、鰐に食われてしまっただけです」

「ではわたくしの落語はここまでとさせて頂きます」

「ご清聴、ありがとうございました」

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