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ゾウの殺人

 今日の依頼は、ここからは遠い国からだった。

 見渡す限りのサバンナ地帯。隣にいる助手(ただの付きまとってるやつ)はすでに限界を示していた。

「先生〜、まだですか〜?」

 彼女……フォレスターはすでにぐったりとしながら歩いていた。

 それもそのはずだ。ここは日中は五十度を越える程暑い国。

 近くの都市までは飛行機で繋がっているが、そこから半日かけて歩いた村まで行かなくてはいけないので、フォレスターはずっと文句を言い続けている。

「そんなについて来るのが嫌なら、私の助手をやめてくれていいのだが」

 と私が言えば、フォレスターはそんなことは、と言いながら黙ってあとをついて来た。

 正直、彼女がこう言うのは分かっていたし、助手を雇った覚えもなかった。

 半日以上かかって、地平線にようやく目的地の村が見えてきた。隣のフォレスターは嬉しそうに飛び跳ねた。

「お風呂! お風呂に入りたいです、私!」

「そんなものがある村ではないぞ」

「じゃあ、シャワーだけでもいいから!」

「あのな……」

 こいつは本当にアホだ。

 その村は、都会とは程遠い暮らしをしている、貧困街だった。たまたま私が旅行に行った際に仲良くなった観光案内人と仲良くなり、一緒に飲みに行ったついでに、うっかり自分が探偵であることを言ってしまったのが今回の依頼の、きっかけとなった。

 一夫多妻制が多いこの国で、まさか浮気調査だなんてしないだろうとタカをくくったのがまずかった。浮気調査ばかりしていたこの私が、殺人事件を調査することになるなんて。

「ようこそ、テラー。待っていたよ」

 村に着くと、私に依頼をした観光案内人が出迎えてくれた。私は帽子を外して笑顔で受け答えた。

「その隣人は?」

 彼は真っ先にフォレスターを目で指して訊ねた。この村では男女の考え方が強い。

「彼女は私の助手だ」

 と私はフォレスターを紹介した。確かこの村では、女性は頭を隠すのが普通だったか。

「彼女の生活文化ではこの格好が普通なんだ」

「ああ、ああ、分かってる。大丈夫さ」

 まずは村長に挨拶をしてもらう、と私は村の奥にある布テントへと招かれた。

 一方のフォレスターは村人たちの言葉が終始分からないので、度々私に通訳を求めた。その度に驚いたり喜んだりしたものだから、本当邪魔でしかない。

 フォレスターをテント前に待たせて、私は村長と挨拶を交わした。村長は私の訪問を大層喜んでくれて熱い握手までしてくれたが、本題になると、顔をこわばらせてとんと口数を減らした。

「実は最近、多くの子どもたちがゾウに踏み潰されて死んでいるのだ」

 それは、観光案内の彼からも聞いていた。しかし、それだけではなく、周辺を見回りしていた彼の弟すらゾウに踏み潰されていて、ことの重大に気づかなくてはいけなくなった、ということだ。

 彼の弟は成人していて、周辺のこともよく知っていた。村にやって来た肉食動物を負傷させて追い払うことも出来た彼が、なぜゾウに踏み潰されてしまったのか。そして彼と村長は考えたのだ。「誰かに殺されたのではないか」と。

「だが、村人にはその話をしていなくてな」

 と村長は話続けることを渋る。つまり、誰かに殺されたのではないかという話を村人に一切せずに、調査をして欲しいということなのだ。

「……分かりました。力を尽くします」

 ただ、本当にあなた方が望む結果をお伝えすることは出来ないかもしれません、と重々付け足して私は頷いた。

 翌日、私は観光案内人に案内されて、被害にあったその死体を見に行った。フォレスターはこの手のものに弱いので連れて来なかったが、どうやら村人の子どもたちに気に入られたようで、朝からどこかへ出掛けていた。

 その死体は、サバンナ特有の暑さなどで状態などはよくなかったが、確かに「ゾウの足跡」と見られる形跡が残っていた。これが、ゾウに踏み潰されてしまったのだと確信した痕跡らしい。

「しかし、不思議なのです……この辺りのゾウはめったに人を襲わないのに」

 と彼は言った。

「だが、ちょっかいをかけたら襲ってくることもあるのでは?」

 と私が問えば、ええ、子どもたちが何かしたのだろうと僕も思ったのですが、と言いながらも、顔をしかめながらこう続けた。

「弟は、そのことを知っていたはずです。子連れのゾウなら襲ってきたかもしれませんが、弟がそれに気づかずにゾウの群れに近づいたとは思えなくて」

「ゾウの群れから近づいたのではないのか?」

「そんなことはないはずです……なぜならゾウの嫌う臭い玉を身につけていたので」

 と彼は腰にぶら下がるものを見せてくれたが、ここは科学的根拠が届かない村。果たしてそれが本当にゾウの嫌う臭いなのかは分からなかった。

 私は再び村に戻り、村人たちからそれとなくゾウの話を聞いてみた。ゾウに踏み潰されて亡くなった子どもの親や、ゾウの群れをどこでよく見かけるなど。

 しかし、ゾウに踏まれた以外の共通点が見つけ出せないでいると、子どもたちを連れて村に戻ってきたフォレスターを見かけた。

「子どもにすっかり気に入られたみたいだな」

「そうなんですよ! 何を言っているかは分からないんですけど……花輪も作ってくれたんです!」

 サバンナ地帯での花は珍しいというのに、花輪まで作ってくれたとは、よほどフォレスターの人柄がいいらしい。

「だが、その花輪はどうしたんだ?」

「歩いていたら、ゾウが死んじゃっているのを見かけて……なので花輪は、そのゾウに被せてあげたんです」

 子どもたちみんなで、と。

 そうだった。この辺りではゾウは神聖な生き物の象徴で、子どもだけでなく、この国の人たちがゾウにちょっかいをかけることはないのだ。

「それにしても、子どもたちはみんな幼いな」

 私は、彼女を囲っている子どもたちを見回した。彼らはまだ、就学前くらいの小さな子どもたちだった。なのになぜ彼らはゾウに襲われることなく村に戻ってきたのか、私は気になった。

「どこまで出掛けていたんだ?」

「え、ちょっとそこの水場までですけど」

 私の問いに疑問を持ちながらもそう答えたフォレスター。確かにいくらか歩いた先には大きな湖があり、そこにはゾウも立ち寄ると聞いていた。

 私はあることに気づいて案内人を探した。彼は村の門番をしていることが多いらしいのですぐに見つかり、すぐさま、被害に遭った子どもたちの話をもう一度聞きに行った。

 やはり、そうだった。

 被害に遭った子どもたちは皆、二キロ以上離れている隣町の学校へ向かう途中でゾウに襲われたらしかった。子どもの足だと一時間以上はかかる通学路だ。そこで私ははたと気づかなければならなかった。

「……フォレスター、そのゾウに牙はあったか?」

「牙……?」

「ゾウの亡骸の牙だ」

 フォレスターは不思議そうに私を見つめてから、あっ、と声をあげた。

「何かおかしいと思ったんですよね! 確かに、そのゾウには牙がなかったんですよ!」

 まるで何かにぶつかって折れたみたいに。

 私は村長の元へ訪れた。問いただすのはこれだけでいい。

「最近、この辺りで密猟者はいなかったか」

 村長は一瞬目を丸くしてから、俯きがちにそうだと答えた。

「外国人が、どうやらここらの動物を捕まえているのだ」

 だが、密猟者は銃を持っている。だから近づくことも出来なかった、と。

 村には槍以上の武器はないように見えた。つまり、こういうことなのだ。

「詳しく調べないとはっきりとは分かりませんが……子どもたちも彼の弟も、ゾウに踏まれたのは本当かもしれません」

 村長はまた目を丸くした。私は、ここに来る途中で、象牙がこっそり売られていたことを思い出していた。

「ゾウは記憶力のいい生き物です……仲間の象牙を持ち出せば、それを取り返しに暴れるかもしれません」

「そんな、ゾウは神聖な生き物なのだぞ」

「はい、分かってます」私は冷静に言葉を続けた。「それを、私たち人間が穢してしまったかもしれません。今回は、密猟者に」

「子どもたちも彼の弟も、象牙なんて持っていないのに──」

「恐らく、近くに密猟者がいたのではないでしょうか」

 村長はとうとう言葉を失った。やはり、心当たりがあるのだろう。ゾウに踏まれてしまった彼らのそばに、タイヤ跡か何かがあったのだろう。

「ありがとう、遠い国の探偵よ。褒美はあとで用意させよう」

「いえ、今回は報酬はいらないです」私は丁寧に断った。「何も、解決はしていませんから……」

 それは、悲しいだけの話だった。

 その後、村長が国に掛け合ったのか、警察が動き出した。そして逮捕された密猟者が、恐ろしい事実を自供したのだ……目撃者を殺した、と。

 そしてその遺体を暴れるゾウの群れに放り投げて証拠を隠蔽したということで、事件は幕を閉じた。

「本当に……悲しい話です」

 その話をテレビのニュースで見ていたフォレスターがそう呟いた。

「探偵とは、そういうものだ」

 私はそれだけを返しながら、お手柄は彼女のおかげだという意味も込めて、分厚いホットケーキを焼いた。

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