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第六章『嵐の前の静けさ』

「んんっ…こ、ここは…?」
俺は、体を起こしながら辺りを見回した。
しかし、辺りには何もなかった。辺り一面白一色で、ソフィアと最初に出会った場所とよく似ていた。
「あら。お目覚めになりました?」
先程まで誰もいなかった空間の中に声が響いた。俺は内心驚きすぎて心臓が飛び出そうになったけど、それをなんとか表に出さないようにして声の聞こえた方を振り返った。
振り返ってみると、そこには見知らぬ女の人が立っていた。ちょっとチャイナドレスに似ている黒いドレスを身に纏い、その上にコートを肩に掛けていた。頭にはおとぎ話に出てくる魔女のようなとんがった大きな帽子をかぶっていた。
「…誰?」
「あんまり驚かないのね。ちょっとガッカリ」
女の人は俺の質問には答えずに肩をすくめた。俺の苦手そうな人だ。
「あら、私みたいな女は苦手かしら?」
「っ?!そ、そんなことはない…ですよ?」
「あらあら。嘘をつくの下手なのね」
なんだかどっかの白銀髪の髪のソフィアとか言う邪神と雰囲気が似てるせいか、うまく強気に出られない…。
「あなた、顔によく出るからわかりやすいわ。あの子、この程度でドヤ顔なんて決めるなんて恥ずかしくないのかしら?」
ん?何かこの女の人、一人で話し始めたぞ?もしかしてやばい人なんじゃないか?
「私は普通の人間よ?」
「人の心見抜ける時点で普通ではないだろ…」
なんか掴み所の無い人だな。ソフィアと雰囲気似てるなって思ったけど、この人なんだか底知れない不気味さがある。
と言うかこの人は何をしに来たんだ?何か用があるから俺の前に現れたんじゃ?
俺の疑問に気がついたのか、女の人はふふふと笑って俺に近づいてくる。女の人との距離が近づくにつれて、肌を刺すような強烈な重圧を感じた。思わず、つばをゴクリと飲み込む。
「私はね、貴方に期待してるのよ?」
女の人は怪しく不気味な微笑みを浮かべながら言う。
「私はね、飽きてしまったの。この世界に」
「……」
「この退屈な世界を終わらせてくれる存在を連れてきてくれたあの子には、感謝しているわ。そして、貴方にもね」
「俺は、何もしてないが?」
俺がそう言うと、女の人はまたふふふと笑い、俺の頬を両手で包み込んだ。
「貴方はこれから世界を動かしていくでしょう。それがこの世界にとって幸となるか、不幸となるか…とても楽しみです」
「…よくわからん」
「ええ。今はわからなくていいのです。ですが、いずれ知ることになるでしょう。自分の行いによってこの世界にどんなことが起きるのかを」
そう言いながら、女の人は俺から離れて歩き去っていく。そして気がつくと、俺は深い森の中でニーナに膝枕されていた。なぜかはわからないが、ふにふにと程良い柔らかさの太ももを堪能できているのだからよしとしようじゃないか。
「思考がキモい。起きろ」
「ふぐぅっ!?」
「ユーマ様!?」
聞き覚えのある声が聞こえたなと思ったら、脇腹に激痛が走った。思わずニーナの膝から転げ落ちて地面をのたうちまわった。
やばい。痛すぎて涙出てきた。骨逝ってないよね?
目に涙を浮かべながら脇腹をさすっていると、今度は反対側の脇腹に一撃。
「ぎゃっ!?」という蛙を潰したような声が出てしまった。それに対してニーナが心配する言葉よりも先に「なんと可愛らしい叫び声…」と言っていたのを俺は聞き逃さなかった。あとで覚えてろよ…。
「なんじゃなんじゃ、騒々しい。今は他の面倒ごとを…っておぬしら何しとるんじゃ?」
そこへ騒ぎを聞きつけやってきた見知らぬ美女が止めに入ってくれたおかげでその場は収まった。

           *

俺たちは一度腰を落ち着けるために、ソフィア宅へと場所を移した。
そして、俺とソフィア、それから正体不明の美女がソファに座り、ニーナとムーナは俺たちにお茶を用意してから俺とムーナの後ろに立った。それと同時に、美女が口を開いた。
「早速じゃが本題に入ろう。少々事が急なだけに時間が無い。手短に済ませよう」
美女がそう言いながら指をパチンと弾くと、どこからともなく黒い衣服に身を包んだ二人の龍人が出てきて、俺と美女の座るソファの間のテーブルに水晶をテキパキと設置していく。
俺はそれを眺めながら何気なく美女にさっきから気になっていることを聞いてみる。
「そういや、あんた誰?」
「……我のことを覚えておらんのか?」
「え?どこかであったことありましったっけ?」
俺は一応これまであってきた人を思い返してみたけど、こんな人には会った記憶が無い。この世界に来てからというもの、そのほとんどを自分の部屋の中で過ごしていたので、そもそも人と会ってないし、人脈もくそもない。まあ、それは元の世界でも変わらなかったけど。
「はあ…ソフィアよ。此度の件が終わり次第、こやつを我の元によこせ。我が自ら鍛えてやろう」
「好きにして」
え?本人目の前にいるのに確認もせずに修行がどうのこうのとか決めることある?普通聞くよね?本人目の前にいたらさ。聞くよね?普通。
「くどい。それにこれに関しては、気づかないユーマが悪い」
「え?俺なの?」
「今までの出来事を振り返ってもわからないの?」
ソフィアにそう言われて俺はもう一度記憶を遡って、過去に出会った人たちの中からソファに座る美女を見つけようとした。でも、何度思い返してみてもこの美女さんと会った記憶が無い。
「我だ。アルゼノスだ。我のことなどどうでもいいのだ。それよりも__」
なーんだ、アルゼノスさんか。そうかそうか…って、え!?
「アルゼノスさんなの!?」
俺は思わず机に身を乗り出してしまった。その際に危うく水晶を破壊してしまうところだったが、ギリギリのところで先程水晶を設置していた龍人が水晶をずらしてくれたおかげで事なきを得た。
「お、おお?そ、そうだと言っているだろう?だから、それよりも__」
アルゼノスさん(?)がずいっとよってきた俺に驚いたのか本能的なのか少し身を引かせた。俺は二回も確認が取れたも信じられなかった。
「アルゼノスさんって女性だったんだ…。ゴリラみたいな男かどお!?」
「話を進めるぞ?」
俺が思わず口を滑らせたと同時に綺麗な正拳突きが俺の鳩尾に決まった。

「さて本題に戻る。先程眷属の一人から報告が入った。暴風龍と岩骨龍の2種族が何者かによって壊滅させられた。これが意味するところが何かわかるか?」
「いや、そんなこと急に言われても何が何だか…」
「ま、そういうと思ってこれを用意してやったぞ。ほれ」
「うおっとと」
アルゼウスはそう言いながら俺に何かを投げつけてきた。慌ててそれをキャッチする。それは文字の羅列が刻み込まれた小石だった。俺は嫌な予感がしてアルゼウスに聞いた。
「これは?」
「魔導書だ」
「丁重にお断りさせて頂き…」
「させない」
「ぎゅああああああああ!!」
俺がアルゼノスに小石を突き返そうとした瞬間、横からにゅっと白い手が伸びてきて小石を俺の額に押しつけた。頭の中にとてつもない量の情報がなだれ込んでくる。ソフィアに散々拡張されたはずの俺の演算範囲を軽々と超え、やがて俺の意識も飲み込んでいく。
もう嫌だ。暖かくて平穏なベッドに帰りたい。

                                      *

目が覚めた。まだ頭が鈍く痛い。
重たい体をなんとか起こすと目の前にアルゼノスさんとソフィアが優雅に紅茶を飲んでいた。人が苦しんでるときにこの人たちときたら…。怒りがこみ上げてくるけど、なんだかどっと疲れたせいでその怒りもすぐに霧散した。
「お疲れのところ悪いが、状況の理解はできたか?」
「ええ、まあなんとなくではあるけど…」
あの魔導書には、俺たちを襲ってきた龍種達の正体や思惑、それから俺たちが襲われるよりも前にあの森で起きていたことなどが記載されていた。正直知りたくなかった。なんてたって今後俺たちの行動が一歩間違えたら世界大戦につながるんだから。
「ふむ。それならばよろしい。では、参ろうか」
そう言ってアルゼノスさんは立ち上がった。それに伴ってソフィアも立ち上がる。とても嫌な予感がした。
俺は無言で立ち上がって、逃げ出した。しかし、そのことを予想したように俺が足を踏み出した床に見覚えのある魔法陣が展開された。気がついたときにはすでに遅かった。
「さあ、行こうか。アーメント龍王国へ」
アルゼノスの言葉を最後に魔法陣から放たれた光が視界が埋め尽くされていく…。
そして光が収まり、視界が晴れた先に見えた光景は___。
「え?」
「む?」
翼と尻尾の生えた裸のおっさんが風呂に入っているところだった。
「誰じゃ貴様あ!!」
「すいませんでしたあああああ!!」










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