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第五章『戦いの始まり、世界の終わりへ』

「死ね、魔王」
目の前に拳が迫ってくる。
やけにゆっくりに感じる。でもどうやら俺の体の動きも遅くなってるらしい。避けようにも体を動かすことができない。
ああ、これで終わりなのか…なんか結局よくわからんかったな、この世界。いきなり異世界に飛ばされたかと思ったら、龍のすみかの穴に突き落とされ、なんかよくわからん流れで二匹の子龍助けることになったし、それが終わったらしばらく放置されて…挙げ句の果てには何も持たされずに森の中に放り込まれた。俺なんか悪いことしたかな?あっちの世界では、警察にお世話になるようなことなんてしてないし、頭とか運動神経は悪くても突発した問題児って訳でもないし…。
……あれ?なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだろう?こんな状況になるくらいだったら、元の世界の方が一日の半分とか寝れたし、学校はだるいけど意識しなければどうって事はないんじゃなかろうか。
俺は、ただ自由に生きていたいだけなのに、その自由をつかめそうだって言うのに、それを邪魔するやつがいる。

__俺を縛るな。

「オッラアアああ!!」
「ぐほっ!?」
腹の奥底から湧き出てくる怒りに身を任せて俺は大男を殴り飛ばした。大男は俺に反撃されるとは思っていなかったようで、俺の拳が大男の鳩尾に突き刺さる。そのまま拳に魔力を流す!
「吹っ飛べ!紅炎爆裂拳プロミネンスブラスト!!」
俺の拳が紅の炎を纏い、凄まじい爆発を引き起こす。それをゼロ距離で食らった大男は、数百メートルほど軽く吹き飛び、その先にあった巨石を砕いて地面を陥没させてようやく止まった。
「はあ、はあ、はあ、はあ…」
や、やばい…目の前が赤くなるようなそんな錯覚をするほどに怒りで何も見えなくなっていた。どれだけ魔力を使ったのかわからないけど、息が苦しくて、頭が割れそうなほど痛い。立っているのも辛いほどだ。どこか…休める場所は…。
だんだんと意識が薄まっていく。
「ニー、ナ…ムーナ…たす、け…」
そこで俺の意識は、最悪のタイミングで闇の中に沈んでいった。
______________________
「な、何よ…あの馬鹿げた威力の魔法は…」
地上からおよそ一万メートル上空。その空中から彼女は地上の様子を観察していた。
彼女は自分の“眼”で見た光景を信じられず、思わず呟いてしまう。
「ですよね…わ、私もそう思いますよ」
「っ!?」
唐突に背後に気配を感じて彼女はすぐさまさらに上空へ距離を取った。そして魔法の発動準備をしながら後方を確認して、驚きに目を見開く。
「あ、あんたは、魔王の配下!?どうやってあの一瞬でここまでこれたのよ!?」
そこにいたのは、先程の地上での戦いで全く役に立っていなかった、それどころか足を引っ張ってさえいた龍人_ムーナだった。
(危険ね。さっきは足手まといだったから甘く見ていたけれど、こういうときのために力を隠していたのね。さすがは魔王、油断ならないわ)
女は油断せずにその龍人を”眼”で観察していた。__しているつもりだった。
次の瞬間、目の前が赤くなった。そうとしか形容できなかった。
「くっ!!」
ほぼ反射的に右に飛んだ。それと同時に準備していた魔法を放つ。
「切り刻まれなさい!雷刃旋風砲ライトンニングストリーム!!」

《暴風魔法・雷鳴魔法:多重発動【融合】:雷刃旋風砲ライトニングストーム

凄まじい風の津波が雷鳴を伴ってムーナに迫っていく。
「うわわわ?!」
しかし、ムーナはその情けない仕草とは裏腹にうまく風の隙間をくぐり抜け、迸る稲妻をすれすれで避けている。
(な、なんなのよこいつ!?さっきの戦いとはまるで別人じゃない!)
先程とはまるで別人の動きを見せるムーナに少しばかりの焦りを覚えるも、彼女は今の一連のムーナの動きからムーナのこうどうをおおよそ把握していた。彼女は勝利を確信してほくそ笑む。
「あ、危なかったです…」
「なかなかやるじゃない。でも、今度は外さないわ」
「ひえええ…」
彼女の強い殺気の籠もった思念を受けてもなお、ムーナはそのオロオロとした表情のまま変わらない。上位の龍種でも、ここまでの殺気を受けてなお、表情を一切変えないことなどない。ほとんどの龍達は、どこかしらの筋肉が強張るなり、自然に構えの姿勢に入ったりと警戒するはずなのだ。しかし、ムーナは一切表情を変えなかった。それが意味するところは即ち…。
(私なんて、怖くもなんともない、と?)
その真意を理解した途端に、彼女の腹の底からふつふつ怒りが湧き上がってきた。そして、彼女はその感情に身を任せた。任せてしまった。それが敗北への片道切符とは知らずに。
「私を…私たちを舐めるなあああ!!!」
暴風魔法の中でも基本中の基本の魔法。しかし、扱える者は少ない。その荒れ狂う力を制御できないのだ。至極単純な攻撃魔法だが、単純だからこそ強力且つ対処が難しい。
「我が同胞を殺した罪を、その身で贖え!」
「う、うええ?!ち、ちょっとそれは!」
魔法を放つ寸前に来てもなお、ムーナの表情は変わらない。
(私の魔法に切り刻まれながら、苦痛に顔を歪めて泣きわめきなさい!!)
彼女はわき上がってくる怒りにまかせて、後先考えずに魔力を注ぎ込む。
「死ねえええええ!!」

《暴風魔法:発動:暴憤雨刃テンペスト

次の瞬間、辺り一帯に全てを切り裂く暴風が吹き荒れた。目に見えない刃は不規則に暴れまわる。そして、その波はムーナに集中していき__。
「__これはさすがに手加減難しいですよ?」

【原子魔導:発動:原黒憤炎ニュークリアフレイム

次の瞬間、彼女の目の前が黒く染まる。それはとてつもない熱量を帯びた黒い炎。全身を凄まじい痛みが駆け抜け、一瞬にして意識が遠のいていく。
(一体、何が…?)
遠のいていく意識の中、彼女は見た。黒い炎の隙間からその先の空中に佇む悪魔の姿を。
そこで彼女の意識は闇に沈んだ。
#
同時刻、ヘルへイム中央部。
「では、始めようか」
白装束の集団を率いた少年が号令する。
「崇高なる神の臨む世界を作ろうじゃないか」
世界の終末への一歩を。







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