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私の方が貰ってばかりでした。

私が小学6年生の事である。
バレンタインの季節で脳裏に強く焼き付いている記憶の人たち。
その年は私の住んでいた地域では雪が降って、ホワイトバレンタインだった。子供ながら「なんてロマンチックな日だろう!」と、まだ誰にも触れられていないツヤツヤな雪を丁寧に掬いながら、インフルエンザで学校を休んだ彼は窓からこの景色を見ているだろうかと考えた。


イツメン

よく一緒にいたのは男子だった。私と4人の男子で、いつも5人で休み時間はふざけていた。大体彼らが何か面白いことをして、私がそれを見て笑っているという構図だ。ここからは仮名で🍎、🌳、🍙、🍀と呼ぶことにしよう。

彼らは本当に仲が良かった。放課後でも集まって誰かの家でゲームをしたり、宿題をしていた。お互いの口喧嘩も絶えなかったが、なんだかんだ楽しそうだった。

私は放課後に遊んだことはないので少し羨ましかったが、男の友情に女の私がいたところで邪魔だろうと思ったので口にはしなかった。
学校にいる間だけでも、彼らの近くで笑うことを許されているだけで幸せな日々だった。


6人目

夏休みが始まる前だろうか。いつも通り5人で笑い合っていたら、あるクラスメイトの女子に話しかけられた。
「ねぇ、私も混ぜてほしいな」
彼女と話したのはそれが初めてだった。2つ結びでよく笑う、子犬のような可愛さがある女の子。
救いを求めるように4人を見た。この場の主導権は、私にはない。

意外とあっさりした感じで🍎が「いいよ」と言った。ひとり増えた輪の中で、私は心の中で「彼女も許されるんだ」と悲しくなった。5人の中でリーダー的存在の🍎は男女ともに慕われるタイプだが、誰とでもすぐ仲良く出来るほど器用ではないと思っていた。

いつもの5人が違う女の子にすり替えられていて、居場所を無くした私はもやもやした気分のまま、休み時間が終わるのを待った。


変なあだ名の希望

その日を境に、彼女も輪に加わることが多くなった。
彼女が彼らと笑う声を聞く度に、私は特別な場所を奪われる感覚に落ちて、今すぐ消えてしまいたかった。

彼らは彼女のことを「苗字+さん」付けで呼んだ。私は以前から🌳に変なあだ名を付けられていて、それを🍎と🍙にも遊ばれるように呼ばれていた。🍀は優しいので苗字で呼んでくれた。

その様子を見て彼女が私に「本当に仲良いんだね」と無邪気な笑顔を向けてきた。
この変なあだ名が私にとっての希望だった。これがなかったら🍎や🍀、🍙と仲良く出来ていなかっただろう。🌳には感謝しかない。
「そうだね」と適当に相槌を打って、遠くなってしまった彼らを眺めた。


「好き」の意味なんて分からない

夏休みが過ぎて秋も深まってきた頃、修学旅行が行われた。

部屋に戻る階段の途中で、私の斜め後ろにいる彼女に「藍良ちゃんは🍎の事が好きなの?」と聞かれた。
一瞬、質問の意味が分からなくて「えっ?」と言ってしまったが、すぐに「違うよ」と笑って返した。
「え〜そうなんだ?絶対好きなんだと思ってた」とコロコロ笑う彼女に、取り繕った笑顔と声で「そう見えたなら誤解させてるようだね」と適当に頷いた。

その日の夜は恋バナで盛り上がって、彼女は🍎に対する恋心を年相応な振る舞いで話していた。同室の女子たちが盛り上がる中、私は寝たふりをして布団を深く被り、会話が終わるのを待った。

私は4人のことが好きだった。でも🍎に対する気持ちは特別だった。時に意地悪だけど、いつも楽しませてくれた。輪の中に私を呼ぶのも、私がひとりでいる時も隣に来るのは🍎だった。🍎は私をひとりにしないようにたくさん話しかけてくれた。

きっとあの子は🍎と仲良くなる為に、私を利用したんだ。
そう考えたら悲しくなって、布団の中で静かに泣いた。


白い雪の冷たさ

それから何ヶ月か経って、私はもう彼らの前で今まで通り笑えなくなった。
クラスの女子が彼女の気持ちを知っているので、私が彼らと仲良くすると「彼女の気持ち考えてあげないの?」と白い目を向けられることが増えたのである。

朝から雪が降り、バレンタイン当日。🍎にチョコをあげると張り切っていた彼女だが、彼はインフルエンザで休んでしまった。
「治ったらあげなよ」と諭したが「今日絶対あげるの!でもひとりで行くの不安だから、藍良ちゃんも一緒に来て?」と言い始めるので、なんて自分勝手な人だろうと失望した。

放課後、手紙を書くために私の家に彼女は来た。可愛い便箋に女の子らしい字と文章で、そこらじゅうに澄んだ甘い言葉が書いてあった。胸が痛かった。
「藍良ちゃんも手紙書いたら?一緒の封筒に入れてあげるよ」と私を誘った。

🍎に伝えたいことも、聞きたいこともたくさんあった。でも、それを手紙にしていいのか私には分からなかった。
迷った末、小さなメモ用紙に「ごめんね」と書いて彼女の手紙と共に封をした。


私は離れた位置から2人の様子を見ていた。
🍎は熱のせいか照れてるのか顔が真っ赤で、彼女はとても楽しそうだった。
たった数分間の出来事が、途方もない程に長く寂しく思った。

帰り道、公園で遊ぶ🌳と🍙に会った。「🍎にチョコ渡して来たんだろ?」と聞かれ、顔を真っ赤にして彼女は2人を追いかけていた。
もう我慢できなくて、3人の視界から外れた隙にその場から逃げた。

彼女がいなければ、私だって4人にあげたのに。いつもありがとう、大好きだよって。あげたかったのに。
雪の中走りながら何度も転び、泣きながら帰った。


透明なチョコレート

「あのチョコ、食べなかったんだ」
と🍎が教えてくれたのは、インフルエンザが治って登校してきた日だった。
その日のうちに彼女の家に電話して、告白を断ったらしい。体育の授業で、端の方でひとり考え事をしていたら話しかけてきた。それを聞いて安心してしまった自分が情けなかった。

視線の先では皆がドッチボールをしている。
🌳と🍙が絶妙な体勢でボールを避けていくのがおかしくて2人で笑った。
🍀は運動神経がいいので、次々と敵チームの人数を減らしていく。「さすが俺の親友だわ」と満足そうだ。
「また話そうな、前みたいにさ」
爽やかに笑って輪に戻っていく後ろ姿を見て、やっと気づいた。
私も彼のことが好きなんだ。

「🍎くん、他に好きな人がいるんだって」
私が体育の授業中に話している姿を見たのか、彼女にそう教えられた。
「そうなんだ」と適当に返して、誰のことなんだろうと考えた。
きっと、思いやりに溢れている人だから🍎の好きな人も、同じように素敵な人なんだろうな。
それきり彼女と私の付き合いは減って、彼女は別の人を好きになった。


卒業おめでとう

卒業までの数週間で、一週間だけ🍎と隣の席になった。しかも🌳と🍙も一緒で、よく仲良くしていた男子も加わり「最高の班が出来た!」と皆で喜んだ。🍀は班は違うが、席が一つ前で授業中も交流が出来て幸せな一週間だった。

理科の実験で馬鹿やって失敗しているのも、給食の時間に変顔されるのも、体育のパス練で無茶なボールを投げられるのも、ミニテストの点数を笑い合うことも、全部が楽しかった。

卒業式の前日に私は感謝の気持ちを込めて、🍎🌳🍙🍀の刺繍を入れたハンカチを手紙と共に、家のポストに投函した。絵文字はそれぞれのイメージで私が選んだ。

翌日、私の周りに4人は集まってきて「ありがとう」と言ってくれた。
🌳が「呪いの手紙をありがとう」と言ってきたことが、照れ隠しということは分かっているのに、今でもおかしくて笑ってしまう。
🍀が「そんなこと言ったら傷つくでしょ」とたしなめる。
🍙は後日、私の家のポストにお礼の手紙をくれた。今でも大切に保管してある。

感謝を伝え合ってもやっぱりふざけてしまうところが、最後までいつも通りだなぁと愛おしくて嬉しくなる。
🍎が「本当に色々ありがとうな」とその場をまとめ、痛くなるほどの強いハイタッチをして私たちは卒業した。



いつも元気や優しさを貰っていた、かけがえのない日々を思い返していた。

🍎は私のことをよく見ていてくれた。5人の意見をまとめることも上手く、居心地が良かった。彼はどんな時でも仲間を見捨てない人だ。そういうところに私は惹かれたんだと思う。

🌳は5年生の頃からよく話していて、独特のセンスが一緒にいて楽しかった。一番私をいじってくるが、傷つけることは絶対しなかった。

🍙はムードメーカーで、いるだけで場が和むような存在だった。手が柔らかくてよく皆で握った。その度に照れているのが可愛かった。

🍀はよく気がつく人で、誰も気づかないようなことを率先してやっていた。優しくて努力家で、私の事をいつもフォローしてくれた。

私の居場所はちゃんとあったんだなと噛み締める。きっと辛いことがあっても大丈夫。この記憶は私を裏切らない。
幸せな一年をありがとう。
きっと今頃はもっと素敵な人になって、誰かを笑顔にしているかな。

いつか機会があったら、今度こそチョコレートを渡したいな。
小学生の頃に渡せなかった、とびきりの想いを込めた甘いチョコレートを。

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