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行ってらっしゃい、良い旅を!


東京ディズニーシーのキャスト(従業員)になった。

実はキャスト試験を受けるのは2回目だった。「バイトデビューはディズニーがいい!」と謎の憧れとプライドを掲げていたら落ちた。その当時は縁がなかったんだろう。

今回は応募するか凄く迷ったのだが、受かったので結果オーライである。
子供の頃から夢に見てた場所にキャストとして立っている。決まった時はとても嬉しくて幸せな気分だったが、入社式(アルバイトなのに入社式があるとはびっくり)の時は緊張もせず平然としていて、いつも通りな自分に笑った。

出勤して制服に袖を通す時が一番ドキドキする。今日はどんなゲストの表情が見れるだろうか。私のような小さな存在でも、名を知らない貴方にハピネスを創造できるだろうか。

それにしても、キャストの多さにいつも驚いている。さすがオリエンタルランド……自分の部署では、性別も年齢も様々な百名程度のキャストがいる。それだけではなく、他の部署のキャストも応援として業務に加わるので、毎日新しい顔を見てる為か、一向に顔と名前が一致しない。

1人のゲストに対して、こんなにも多くのキャストが関わっている。この場所は、本当に凄いと思う。細部まで追求されたクオリティの高さと、最上のおもてなしでゲストへのパピネスを提供する。それが東京ディズニーリゾートだ。

私はなぜキャストになったのか。面接の志望動機はそれっぽいことを述べたのに、思い返せばあれは嘘だったような気がする。
ディズニーが好きだから。キャストに憧れていたから。周りの先輩キャストは楽しそうに語ってくれる。

私も、ディズニーが好きだ。映画やゲームなどのディズニー作品も好きだが、やっぱりテーマパークでしか体験できない、特別な時間と空間に魅了されていた。
だから東京ディズニーリゾート、もっと言えば東京ディズニーランドが大好きだ。

夢が叶う場所。あのキャッチコピーは私にとって本物だった。
その夢は私の誕生日に叶っていた。少し長く暗めな話をします。

私が2歳くらいの時に両親は離婚し、高校を卒業するまで母親と2人暮らしを16年間してきた。父親と会うことなんて年に1回あるかないかぐらいだった。

そんな私が父親に会える唯一の機会。それは私の誕生日である10月30日である。
毎年その日には母親と父親と私の3人で東京ディズニーランドに行くのが決まりだった。

ハロウィンという混み合う時期だったが、人混みの中で両手を繋いでパークを歩いているのが何よりも幸せだった。

バースデーシールを貰って行き交うキャストにお祝いされて、クリスタルパレス・レストランでお腹いっぱいご飯を食べて、ビッグサンダーマウンテンではしゃぎ、エレクトリカルパレードを見て、閉園間際に蒸気船マーク・トウェイン号に乗って夜景を眺めるのがお決まりだった。

当時はそれが当たり前でずっと続くものだと思っていた。家族はいつも一緒。でも私の両親はいつも一緒に居られないみたいだから、私の誕生日くらいはみんな一緒にいるの。

ふわふわのぬいぐるみ、美味しいご飯、甘いお菓子。何を貰っても嬉しかった子供時代。
感動する小説、使いやすい筆記用具、大きなケーキ。貰う度に、もう二度と過去には戻れないと分かった思春期の頃。
いつも通りの食事、メールの文面だけで終わるお祝い、一人きりの家。「もう私たちがいなくても大丈夫だよね」と言われ、家族が遠くなっていく。

そんなことないのにな。

今なら分かる。
私の夢はもう既に過去で叶っていて、この先の未来で叶うことがない遺産だった。
思い出の中の私は無邪気で、事情も何も知らずに笑っているのが羨ましく、とても愛おしいと思う。


高校3年生の時に年パスを買った。家族で行ったのは小学4年生までだったので、随分と年月が空いた。ひとりでいく東京ディズニーランドで、私はあの時幸せだった記憶の欠片を拾い集めるように1年間を過ごした。
最初の数ヶ月は寂しさと、楽しさと、切なさでグチャグチャになりながら、せめて今だけは夢の中にいようと振舞っていた。

あてもなくパークを歩いていると、キャストさんが手を振って笑顔で「行ってらっしゃい」と言ってくれる。私が長らく母から聞いていない言葉だった。それだけで嬉しかった。背中を押してくれる魔法の言葉だった。

徐々に楽しみ方が分かってきて、パークを包む世界観とエンターテインメント性に浸かった。現実逃避だと自らを嘲笑いながら、目が醒めないように美しい夢だけを遺していた。

隣には誰もいない。オズワルドのぬいぐるみを抱きしめてひとりだった。
共有したかった感情は全部独り占めした。
「あの子ひとりだよ笑」という心無いゲストの言葉も、聞こえないふりして受け流した。

それでも、幸せで一生忘れない新たな思い出がたくさん出来た。

最前列で待っていたらグーフィーがカメラに向かって指差しをしてくれたこと。
シングルライダーで一緒になった女子大生三人組とスプラッシュマウンテンで一緒にポーズを取ってずぶ濡れになったこと。
待ち時間も楽しい時間に変わるよう盛り上げてくれたキャストさん。

たくさん笑って、笑って、笑って。
縁が回ってきた今、この場所で誰かの夢への旅立ちを見送ることが出来たらいいな。

私は今日も訪れるすべてのゲストを歓迎し、声をかける。

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