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助六のプール (2)

「何で知ってる!?」と訴える顔。「ふふ、プールで瑞華ちゃんが近くにいる時のお前の心臓がバクバクと水を伝ってくるからだよ」
 まだ助六は顔が赤い。瑞華の両親は中国人。学校では話してくれないけど、ひとつだけ中国語を教えてもらった。〈漂亮(ピャオリャン)〉。意味は、「わたしみたいな人のことよ」と笑う。図書室そうじをしている時だった。


 誰もいない貸し出しカウンターのすぐ奥にホワイトボードがあって、そこへ瑞華は小さく書いた。助六が見たのを確認すると、すぐに消す。笑顔ほのかに、瑞華は4班のみんなが椅子をテーブルに乗せてる所に加わった。あの瑞華が助六のリクエストにはすんなりこたえてくれたことが、胸をあたためている。助六は、右手の乾いた雑巾を向こうへ投げると、走って取って、一緒に椅子をあげた。「ところで、お前の親は泳ぎが得意なのか?」


「え? あ、25mは無理って言ってた。でも大工は泳がなくていいから」
「ほう、大工(でぇく)か。昔は水と大工(でぇく)は深い仲だったんだが、お前の親父は陸だけで足りてるようだな。まあ、大工(でぇく)のせがれじゃカナヅチなんて言われないようにしろよ」カッカッカッと河童は笑った。そして「あばよ」と水の中へ消えていった。


 河童は何歳なんだろう。〈漂亮(ピャオリャン)〉の謎も、まあいい、今は修行だ。教わったアドバイスをしっかり身につけよう。助六は再びけのびを始めた。
 おお、速い! 助六は13mの壁をタッチした。つらくて立ち上がった12mと大違いだ。けれど、もう喜びは消えた。向きを変え、3番の飛び込み台のほうへゆっくり歩いていく。あくまで25mなのだ。
 太陽がてっぺんにきても黙々と続ける。楽になった部分と、まだ苦しい部分がある。「そこにいるのは誰だ?」

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