【story】LINE LOVE STORY
僕はずるいと思う。
3年前、配属された今の所属で僕の指導担当だった先輩が風の便りで離婚したと聞いた。
聞いて真っ先に思ったのは
「彼女に堂々とアプローチ出来る」
ただそれだけだった。
ずるいというもうひとつの理由は、
彼女はその時からご主人とうまくいっていないことを僕は知っていた。
先輩は僕に
「望月くんのこと、好きだよ。」
と言ったことがある。
一緒に帰った駅のホームで突然先輩が僕を見つめて告白した。
何て返せばいいかわからなかったので黙っていたその後で
「もう少し若かったらなぁ。」
先輩はそう言って微笑んでいた。
僕はその時から先輩のことを意識し始めた。
けれど先輩は人妻であって、仕事で一緒に出来るならいいかと割り切っていた。
先輩が異動してからも、仕事のことでメールはやり取りしていた。
僕は先輩から告白されて、ちゃんと
『好きになってくれてありがとうございます』
と伝えていない。
先輩が離婚した、という事実を聞いて
あの時中途半端な態度を取った僕が、急に心落ち着かなくなって、急に先輩に会いたくなったというこの感情がずるいと思う。
彼女は僕の10歳年上。
僕は年齢差に拘りはない。
先輩とは意見が合うし、性格も似たところがある。似ているので言い争いをしたこともあったが別に険悪な雰囲気になることはなかった。
先輩もずるいのは、あの時、何故僕に告白したのかだ。
告白されなかったら、僕は意識しなかった。
やはり僕はずるい。
そう考えながらも、先輩のLINEに何てメッセージを送ろうか迷っている。
先輩が異動してしばらくは業務の質問とかLINEしていたし、
先輩からも心配のLINEが送られたりしたけれど、
返事に困ったり、図星つかれた時は既読無視していた。
そうしたら、先輩からLINEが来なくなってしまった。
先輩からの最後のLINEをいつも見返している。
『さすがに業務に慣れて独り立ちかな。それでも不安なことがあったら連絡してね。いつも気に掛けてます。いつか会える日まで。』
いつも優しく気に掛けて気遣ってくれた先輩に対して、気の利いた言葉で返事出来なかった自分が情けない。
だからと言って、このタイミングでLINEするのはどうなんだ。
「あ、望月。追加の資料、締め切り早まったって。…今日は早く帰ろうと思ったのにな~。」
同僚の工藤から声がかかる。
僕も今日は早く帰ろうと思っていたのに。
手にしていたスマホをパソコンの横に置き、溜息つきながら資料作成に取りかかる。
今日は帰り何時になるだろう。
このところ、追加で作る資料が多すぎて、別の統計業務が追いつかない。
さすがに統計もやっておかないとあっという間に月末になってしまう。
「相変わらずスケジュール管理が苦手なのね。」
僕の頭上で声がする。
…先輩だった。
「坂井さん…どうしたんですか?」
「同期に用事があって寄ったの。元気?…うーん、元気じゃなさそうね。その資料の山。」
「終わったと思ったら次から次へと追加が来て…」
「そっか。まあひとつずつ片付けるしかないけど、優先順位ははっきり決めてね。」
先輩は微笑んでいた去っていった。
けど、以前僕に告白した時に微笑んだ表情とは違う、少し陰りがあるような、悲しげな表情に見えた。苦笑いという訳ではない。微笑んでいるけど切な気な。
「坂井さん!」
悩む間もなく僕は先輩を呼んでしまった。
「どうしたの?」
「…今日、この後用事ありますか?業務で聞きたいことがあって…」
「うーん、それはもう工藤くんや係長に聞いた方がいいんじゃないかしら。いくら前任とは言えもうだいぶ前よ。」
「…あ、業務の内容は過去のことなので…それからLINEのこととかも謝りたくて…」
「LINE?…ああ。望月くんは普段から既読スルーじゃない。気にしてないよ。」
「…とにかく坂井さんとお話がしたいのでお願いします!」
「…」
先輩は少し考えた様子で、微笑んだ。
この時の笑顔も少し切な気だ。
「じゃあ、LINEして。」
「え?」
「望月くんから聞きたいこととか私にLINEして。」
「直接話するではダメですか?」
「…たぶん、泣くと思う。私。じゃあ待ってるね。」
先輩はそう言って足早に去っていった。
先輩は僕の不可解な行動に何かを察したかも知れない。けど
『直接話したら、泣くかも知れない。』
それはどういう意味での感情だろう。
ますますLINEに何てメッセージを送ればいいのか困ってしまった。
その前に仕事…。
いや、仕事が手につく訳がない。
考える前に追いかけた方が早かった。
「坂井さん、あの…泣くと思うってどういう意味ですか?」
「…あ。大きな声でそう言われても…。」
「曖昧な表現では、僕、解らないですよ。」
先輩は大きく溜息をついた。
「恐らく。望月くんも知っているだろうと思うけど。今ね、私、多分誰彼優しい言葉を掛けられたりしたら泣くと思うのよ。そんなに私、強くないからね。これで答えになる?」
先輩が、あの凜として誰よりも詭弁で、弱みを見せなかった先輩が。
『望月くんのこと、好きだよ。』
あの時、僕に告白してくれた、あの先輩と同じ。
同じ表情をしている。
「僕は…思った以上にずるいと思います。僕自身が。あの時ちゃんと坂井さんに伝えるべきだった言葉を、今言葉にすると泣いてしまうというのなら、それをLINEで送ります。読んでどう思うかは…坂井さんにお任せします。
とりあえず、今は業務に戻ります。過去の件は資料を探します。」
今は、残っている業務を片付けるのが先だ。
けれど、その前に先輩にLINEを送る。
>あの時、僕のことを好きだと言ってくれて、ありがとうございます。
>好きになってくれて、ありがとうございます。
>僕はずるい考えだと思いますが、年の差はまったく気にしていません。
>まだ、僕のこと、好きですか?
送った。送信した。
先輩からの返事を待つのがこんなに苦しいのか。
先輩は僕からのLINE返事が来ない日々を、同じように思っていたのだろうか。
やっぱり僕はずるいと思う。
返事が来ることを願いつつ、仕事に戻った。
♪キンコーン。
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