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【story】Cafe&Bar~永田町駅

今日の仕事は午前まで。このところ疲れが抜けない。
思い切って午後休暇を取った。
どうせなら1日休暇を取りたかったが、まだ残っていた仕事をどうしても片付けたく、休むのならすっきりしてから帰りたいと思ったからだ。
パソコンのキーボードを叩いているその隣で、USBで繋げた加湿器がシューシュー音を立てている。
『帰り、寄り道しようかな…』
手を止めて加湿器から出る水蒸気をただ見つめていた。
基本的に出不精だから、週末はただ家にいるだけ。
家でも加湿器から出る水蒸気を見つめていることがある。
最近、メリハリがないと自分でも感じているので、寄り道してから帰ろうと考えた。

どうせなら、お昼ご飯を食べて帰った方がいいか。

思い立ったら行動は早い。片付けて帰り支度をし、チャイムと同時に席を立つ。

「お疲れ様でした。今日午後お休みします。お先に失礼します。」

私は今の仕事は気に入っているが、職場の雰囲気は苦手だ。
人間関係が悪いという訳ではないが、女子社員がいつも賑やかで、常に団体行動している様子が苦手だ。
でも話しかければ答えるし、一緒にランチに行くこともする。
話題はいつも、男子社員のイケメン度チェック。
彼がいる子までもがその話に盛り上がる。

「あら、彼とイケメン推しは別よ!」

そういう同僚もいる。女子力が低い認識があるので、その手の話題は素直に勉強になる。確かに”イケメン推し”で言うと、好みの問題があるから、推しの話題に花を咲かせるのは、好きな歌手やアイドルに入れ込んでいるのと同じなのだろうと思う。

「宮城さんは、推しいる?」

そう振られて、一瞬言葉に詰まったが、私は素直なのでスッと答えた。

「そうですね…和泉さんですかね…」

「おお~。」

満場一致の歓声。
和泉さんは、私の1年先輩。優秀かつ異例の出世で、年齢で言うと私より3歳年下。現在チームのリーダーとしてメンバーを引っ張ってくれている。
確かにイケメン。大人っぽいようで、時々見せる子供っぽい表情に癒やされることもある。
いつだったか、資料の確認をお願いした時に
「あれ?消しゴムどこにいったかなあ…」
一生懸命探しているが、机に”消しゴム”がちゃんとある。私の目の前に。
「和泉さん、消しゴムここですよ?」
「…あ。あああ。…何で目の前にあるのに見えてなかったんだろう…もう…」

その時の照れたような、何とも言えない幼い笑顔に…衝撃的な何かを感じた。

それが”恋”だと言うのなら、地味で特に外見がいいとか皆無な自分にはおこがましいので、奥底にしまったまま。

寄り道する場所は決めていた。乗り換える永田町駅のエチカフィットだ。
そこにあるカフェバーに行く。
何度か出張帰りにも立ち寄ってそこで時間を潰していたことがあるので、勝手は知っている。
お昼時だから混んでるかなと思ったけど、そうでもなかった。
注文するメニューもある程度決まっていた。
…お昼から飲むでしょ。

「ソルティードッグで、あとサーモンマリネとトマトのカプレーゼを。」

あとクロワッサンも食べよう。
テーブルに着いて、鞄からノートパソコンを取り出す。
結局午後休暇を取ってもメールチェックだけはしておこうと思っていた。
受信すると…案の定メールがいくつか…。
ひとつずつ確認して、急ぎじゃないとわかったらフォルダに避けておく。
直近のメールが、和泉さんからだった。

『Title:資料作成者の件
宮城さんが作成した資料ですが、宮城さんの下の名前の読み方を教えてください。ローマ字表記も必要となりました。今日午後休暇と伺っているので、メールで構いません。補記は私の方で対応します。和泉』

そうですか…。
メール返信をしようと思ったその時。
もう1通受信メールが。

『Title:Re:資料作成者の件
資料は急ぎではないので、明日でもいいです。急がせてしまいすみません。この後私も外に出てそのまま直帰です。和泉』

和泉さん、外なのか。
じゃあいいかとパソコンを閉じた。
さてさて。いただきます。

サーモンマリネやトマトのカプレーゼを自宅で作ることは絶対ないから、こういうカフェでお酒と一緒に楽しむなんて贅沢なことか。
これで彼氏が出来て一緒に…という状況が想像出来ない。
お洒落に食べて飲んでは絶対食べた気がしない。
美味しい。
クロワッサンも焼きたてだったから美味しい。
どうしよう、もう1杯飲もうかなと考えていたら…

「宮城さん?…午後休暇でここでゆっくりしていたんですね。いいなあ。お酒美味しそう。」

パンとカフェラテを持って和泉さんが私の目の前で笑っている。

「あ…和泉さん。お疲れ様です。メール見ました。これから出先ですか?」
「お昼食べ損ねたので、軽く食べてから向かおうかと思って。宮城さんはここへはよく来るんですか?」
「仕事帰りに寄ることはあったけれど…今営業自粛で夜遅くまでは楽しめなくなったので。」
「お酒、結構飲むんですか?」
「飲む方だと思いますよ。」
「あ、向かいの席、座ってもいいですか?」
「どうぞ。」

断る理由は特にないので答えると、和泉さんはニコっと笑って座った。
和泉さんは、急ぎ目にパンを頬張る。
コーヒーも半ば流しこむように。

「和泉さん、もう少しゆっくり食べた方が…」
「ゴホっ。ゴホゴホ。」
「ほら…」

和泉さんはむせてしまってちょっとコーヒーをこぼしてしまった。
そっと紙ナプキンを出し拭く。
なんだろう、そういう幼いところを見せられるとやはり胸がくすぐったいと言うか…何とも言えない想いに襲われる。

「いや、ごめんなさい。この後の時間を気にしていたら焦ってしまって。それと、時間がない中で他にも用事をクリアしたいこともあって。宮城さん、LINE交換してもらえませんか?いろいろ仕事でやり取りしたいこともあるので。」
「あ。いいですよ。」

スマホを取り出し、LINE交換をする。
和泉さんがまた微笑む。

「あ。これですね。…”メイカ”?
宮城さんの下の名前って”メイカ”って読むんですか?」
「確かに何て読むか一瞬悩みますよね。よく”さやか”と間違えられるんですよ。」

「『宮城明花』…明るい花、良い名前ですよね。僕はそう思います。素敵な名前だなって。読み方解って良かったです。資料も早く提出出来そうですし、僕自身も名前が知れてLINE交換出来て良かったです。」

「…ありがとうございます。名前を褒められることなんてないから…」

他にもちょっと気になる言葉があったけど、あえて追求するのは止めた。

「じゃあ、これからいってきます。宮城さん…メイカさん。また夜にでもLINEします。今度一緒に午後休んでここで飲みませんか?僕も以前よくここで飲んでました。その時から、宮城さんがここでお茶している様子を知っていたんです。では。」

ええ・・・・・。
まだソルティードッグしか飲んでいないのに顔が熱い。完全に酔っている。
和泉さんは夜にどうLINEをするつもりなのだろうか。
こうなったら飲むしかないかと立ち上がり、お替わりでグラスワインでも注文した。
とりあえずわからないこの胸のくすぐったい感覚が何かを自問自答するように一気に飲み干した。

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