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【抑うつだった私が自己肯定感を上げてきた方法】③気にしない

【この記事を書いているのは】
混合性不安抑うつ障害を克服した20代医療系会社員、乾ぬいです。
「知るだけで楽しく生きやすくなる」をモットーに、メンタルヘルス、人間関係、自己実現で悩んでいる人へ向けて、実体験と学んだことをもとに克服してきた方法を書いています。

このnoteは、【抑うつだった私が自己肯定感を上げてきた方法】その3です。


その2では、「落ち込むルート」「気にしないルート」を無意識のうちに選んでいた、という話をしました。

他人から言われたこと。
自分で失敗したこと。

自己肯定感が下がる要因は探せばいっぱいあるけど、
それで「落ち込む」か「気にしない」かは、自分で選んでいました。

気にしないようにするには、どうしたらいいか?
について、深掘りしていきます。


敏感に捉えすぎない


捉え方の違いだったんですよね。

同じ一つの物語でも、受け手によっては捉え方が変わって、物語も変わってきます。自分の人生を悲劇にするか、喜劇にするかは、自分の捉え方にかかっていました。


例えば、あなたから見て「この人はきつい言い方をするな」と思う上司がいるとします。

(実際に心当たりがある方は、きつい言い方をする上司の姿を思い浮かべてみてください)

私にもいました。
わざと傷つくような言い方をしてるんじゃないか、と思うくらい当たりの強い上司。

その人に言われたことで、私はよく落ち込んでいたし、「私はこんな評価を受けてるんだ」と自分の人間性についても否定されたように思いました。
私は仕事ができない自分を好きになれなくて、毎日家まで泣きながら歩いて帰っていました。

ところが、あるとき転機がありました。
その上司から同じように当たられている後輩がいましたが、その後輩には上司のパンチが全然効いていないことに気づいたんです笑

あれ?と思いました。

全く同じ言葉をかけられたはずなのに、後輩はびくともしていない。
なんで?

もしかして、その子がメンタル強めなのか。
それとも、上司からの言葉は実は大したことなくて、いちいち傷つくほど気にする必要のないことなのか?

私はその二つの仮説を立てて、しばらくその後輩の職場内での返答や反応を見守っていました。


そうしたら、その子は驚くほど他人から言われた言葉を気にしていないんですよね。

「私が同じことを言われたら落ち込むな」と思う内容とか、「もし私だったら、自分が悪いから直さないといけないと思うだろうな」という出来事が起こっても、その子にはまっっったくのノーダメージでした。
(指導を全く聞いていないという意味ではないです。指導を素直に受け入れて自分の行動に落とし込んではいるけど、感情的にはノーダメージだった、ということです。)

ずっとポーカーフェイスなのです。

まるで自分と他人との間に一枚シールドを張っているかのようでした。

真正面からド直球で受け入れているというよりは、感情と事実を分けて事実だけを受け止めている感じ。
私とは違って、捉え方が前向きだったんですよね。
ノーダメージだから頭もクリアなのか、仕事の要領がとてもよくて先輩上司からもすぐ好かれていました。

その当時の私みたいに、言われた言葉を引きずって、
「ねえねえ、○○さんからこんなこと言われたんだけど、どう思う!?私が悪いのかな、どうしよう…」
とかいうめんどくさい相談を人にしてるのも見たことがないし、むしろ愚痴や不平不満を言っているのを見たこともありません。

衝撃を受けました。
今までなんの疑いもなく、無意識にやってきた「他人からの言葉を気にする」という習慣が覆されました。

敏感に捉えすぎないこと。

自己肯定感を下げないために落ち込まないルートを選ぶ秘訣は、そこだったんです。

もしかしたら実際にはひどい言葉を言われたわけではないのに、私が大袈裟に敏感に受け取って、自分の中で誇張していたかもしれない。
他人からの言葉を敏感に受け取って、
「きっとあの人がああ言ったってことは、私のことをこう思ってるからで…」
とかぐるぐる考えていました。

でもいくら考えたって、
相手が本当に思っていることは100%わからない。
気にしてもキリがなくて、憶測と真相が合っているかの確かめようもありません。


そしたら、
考えている時間がもったいないなと。

そこを考えている時間があったら、次に生かせる反省点を見つけた方がよほど有意義でした。


価値観の違いを認識すること


どんなに経験豊富な上司だって、人間的に成熟しているとは限らない。
本当に当てつけで言っていることもある。
私とは生きている年代が違って、価値観が違うだけなのかもしれない。

私は自分の考え方ややり方に自信がなくて、軸がなかったので、他人から「それ違うよ」「間違ってるよ」とか言われれば「えっ、そうなんですか」ってなんでも受け入れていました。

それもあって、職場の上司に限らず、友だちや先輩からの言葉を敏感に受け取って、私のやってることは間違いなんだ…とか、失敗した…と思って気にして落ち込んで、自己肯定感ダダ下がりでした。

自分の価値観が十分形成されていなかったので、なんでも流されて受け入れてたんですよね。


他人と自分の価値観の違いを意識して対話すると、より気にせずにいられるかもしれません。

「あなたはそういう考えで、私はこういう考え」

という割り切りが自分を守ってくれました。
他人の価値観は変えられないし。自分でどうにかできる範囲外のことは、気にしないことにしました。

自分でどうにかできるフィールドを意識して、素直に受け止める=気にする範囲を狭めようと思いました。


境界線は、自分と他人との間にあります。

境界線の外=他人の言うことは、傷つくほどに素直に受け取らなくてもいい。
だってそれは相手の価値観であり、自分の真髄ではないから。
他人のことは変えられないから。


必要以上に他人の言葉を敏感に捉えすぎないこと。
価値観の違いを意識して、他人を変えようとしないこと。
そうして「気にしない」ことが、自分の心を守って、自己肯定感を上げていく方法の一つでした。

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あまりに自分と周囲の価値観がかけ離れている環境にいると、どんなに気にしなくてもめちゃくちゃ辛いです。
そもそも自分を肯定してくれる人が、自分しかいないです。

そういう時は、圧倒的に環境を変えることが望ましいです。
私はそうしてきましたし、それが逃げだとは思っていません。
誰しも合う環境と合わない環境があって、だからひまわりは北極で咲かないし、シロクマは砂漠では生きられないと思っています。


次の【抑うつだった私が自己肯定感を上げてきた方法その4】では、「環境を変えること」について書きたいと思います。




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