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【もっと出したい】

今まで生きてきて
いつからか
自分を守るためにやってきたこと

  • 隠す

  • 知らないふりをする

  • 気づいてないふりをする

  • なんともないフリをする

  • 泣かない

  • 怒らない

  • 目立つことはしない

全部全部
【出す】とは真逆のことを
とことんやってきていた。

小さい頃は、
とにかく目立ちたがり屋だったわたし。

舞台に立つことも
人前に出ることも
なんともなかった小学4年生まで。

なんかそうだった気がする。
でも、授業中に手を挙げたことは
なかったなぁ。

あの頃から
『間違えてはいけない』みたいなの
めっちゃ強かった気がする。

これっていう明確なきっかけはないけど

自分の感じてることは
自分のやっていることは
自分の好きなものは

人から見たら間違いなのかもしれない

みたいな感覚がとても強くあって

そのままの自分でいては嫌われる。
みんなから嫌われない自分でいなければ

だからみんなに合わせる。
大事なことほど。
ずれると目立つから。
だからどうでもいいところで
隠れて自己主張をする。

でも、そんなのでは注目もされず
気づいてももらえず

承認欲求は全く満たされない。
むしろ、傷ついてばっかりだった。

自分でそうしてるくせに、
「どうせわたしは人気ない」
「どうせわたしは大事にされない」
「どうせわたしは誰の特別にもなれない」

【だれもわたしのことをわかってくれない】

本気でそう思っていた。

わたしだって、考えてることや
想いややりたいことあるし
嫌なことだってある。

わかってくれない親が悪い
友達が悪い
先生が悪い

そんな風に思っていた。

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そして今のわたし。

わたしは自分の意見が言えない、
いてもいなくてもいい人間。
自分の中のわたしの定義はこれと決まっていた。

でもこの3年をかけて、
少しづつ少しづつ、たくさんの出会いの中で

【あるがままであることのすばらしさ】
言葉にするとすごくちゃっちいけど、

そんなのを肌で感じるようになっていった。

そして、ありのままの自分が本当はどうしたいのか
なんとなくわかるようになってきていた。

自分がまず、自分をそういうふうに
扱ってあげないといけない。
自分と、自分の時間を大切に。

家族や友達を大切に思えない自分を
とても嫌いだったし、恥じていたけど、

自分のことを大切にできないうちは
本当にそうなのだなと
認識することができた。

そう、だから最初に並べた、
自分を守るためにやってきたこと。

それをすべてやめるためには、
とにかく

出すこと


だなと思ってる。
すべてにおいて。

そんな子いたっけ?って言われるような人生は
わたしは望んでいないから。

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