魯山人の渇き 愛なんていらねえよ 養父・福田武造の談1

飯の炊ける匂いで、その日目が覚めたんどす。
いつもより早いし、女房はまだ寝とりました。
まさか思て起きたら、飯炊いてたんは房次郎(魯山人のもとの名)どした。
尋常小学校に入学したばっかりの六つどす。
どこで飯の炊き方覚えたんや訊いたら、「見とった」言うんどす。
女房の飯炊くとこ、いつもじーっと見とったんは腹空かしてのことやとばっかり思てたら大間違いどした。
房次郎をうちに引き取ってから、ひと月も経たん頃どす。
そん前の養家でひどい目におうてたんを近所の人が見かねて、うちの養子にしてくれんかと房次郎連れて頼みに来たんどす。
煤けた顔に鼻水垂らして目やけギラギラして、あばら骨の浮いた痩せた体のあちこちに棒で叩かれたいう傷跡がおました。
うちには子供もおらんし、捨て犬を拾うて五匹も飼っとったし、不憫や思たらほっとけなかったんどす。
木版の仕事しとる六畳間一つの狭い長屋どしたから、女房はええ顔しまへん。叩いたりはせんけども、房次郎にはきつい言い方しとりました。
房次郎にしたら、いつまた追い出されるんかと怯えてたんやろ思います。
初めて炊いた朝ご飯をワシらが口に入れるんをじっとうかがうように見とりました。
「美味いで、ふさ。うちの米と大違いや。どこぞで米盗んできたんやないやろな」
「うちの米や。お母はんの炊くとこずっと見とって、水と火の加減工夫したんや」
ホンマに驚きました。三等米が一等米の味なんどすわ。
女房も美味そうに食べとりました。
「お父はん、お母はん、これからもワシが飯炊いてもええか?」
「ええで。お前を貰うてよかったわ」
「ホンマか! ずっとここに置いてくれるんやな」
「そんなん心配せんでええ。もうお前はうちの子や」
房次郎は涙浮かべて米の味噛みしめるように食べ始めました。
そん日から、房次郎は女房に代わってうちのおさんどんをつとめるようになりました。
魚のアラも大根の皮もセリの根っこも……放ってたもんが房次郎の手にかかると美味の食材に変わるんどす。
房次郎の物を見る目と舌が並やないのは分かっとりましたけども、のちのち総理大臣やら小説家の偉い先生らを驚かせるような料理を振る舞うようになるなんぞ、思いもよらんことどした。
いま思たら、ワシら貧乏でも贅沢なもん食べてたんどすなあ。

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