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異世界への旅

「約束」
フィオナ・マクラウド著
松村みね子訳

アルバンの南方の王ケリルは、一人猟をしていた時、
「同じ生命を持っている二人の生命は互に触れて一つになることがある」と気づく。
ケリルは仙界の王キイヴァンと出会い、二人は1年間入れ替わる約束をする。
仙界でケリルは美しい女性エマルと出会うが、約束の時が来て人間界へ戻る。
その後、人間界でもエマルと出会い、妃とするが・・・

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異世界はいつの時代も人を魅了する。
かぐや姫のいる月の世界や海底の竜宮城。
人間ではない異界の人と出会い、物語は始まる。
なぜ現実ではない架空の世界なのに、物語の世界は身近に感じられるのだろう?
なぜ人は物語を必要とするのだろう?

折口信夫は、あまはせつかい(「海部馳使」「天馳使」)という、卜占をして神託を受ける民が行う、言祝の祝詞、占いや祓いの詞章が、神話や物語になったという。

ケルトとは、古代ローマで「未知の人」を意味する言葉。
キリスト教が浸透する以前から、300以上の神々の物語や歌が口承で伝えられ、後にローマやゲルマン民族の支配の下、ゲール語,マン島語,ウェールズ語,ブルトン語,コーンウォール語などで語り継がれてきた。
20世紀初頭、イエィツがアイルランド各地の伝承や妖精物語を題材とした作品を発表し、ケルト文化復興が行われた。
ケルト文学は、「アーサー王物語」から、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の「怪談」まで、異世界への物語を総称している。

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フィオナ・マクラウドは19世紀末、ケルト民話や詩、幻想小説作品を残し、荒俣宏、松村みね子の訳本がある。
フィオナという女性の作家と思っていたら、実はウィリアム・シャープというスコットランドの作家と知る。
彼が存命の間、この二人が同一人物とは公表されておらず、イェイツはフィオナの作品を評価し、シャープの作品は評価していなかったという。

訳者の松村みね子は、本名片山広子。19世紀末、父は外交官で麻布に生まれ、夫は日本銀行理事。
歌人であり随筆家、アイルランド文学翻訳者。
芥川龍之介の作品では才女とうたわれ、娘は堀辰雄の「菜穂子」のモデルといわれている。

「約束」の冒頭の一文は、作者フィオナ・マクラウド / ウィリアム・シャープの二面性、訳者松村みね子 / 片山広子の二面性に呼応するように感じた。19世紀末から20世紀初頭、社会が身分や肩書や役割をいまよりも重んじられていた時代。
名を変えて、思うがままの言葉や物語を表現した二人。
ケルトの物語には、魂を羽ばたかせる力がある気がする。

異世界は魂の世界。永遠の時の中、交わされた約束は守られ、人の矮小な欲や知恵が介せない、大いなる理がある。
儚い人の世に、魂を鎮めるため、人は異世界や物語を必要とするのかもしれない。

「ことわりも 教も知らず 恐れなく
 おもひのままに 生きて死なばや」
         ~松村みね子の短歌

「約束」
を元にした映像作品に合わせて、
ピアノ・バイオリン・フルートの演奏会を
11月26日
ならまち青丹座で開催します。

Departure〜異世界への旅









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