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渋谷と成長

すごく自信のある仮説がある。
上京を経験した人はおそらく皆、最初に触れたターミナル駅に深い愛着を持ち、その愛着はその後の生活や家選び、はたまた仕事にも影響しうる、というものだ。ちなみにこの場合のターミナル駅は、東京、品川、新宿、渋谷、池袋の5つを指す。

多くの人は大学入学や就職に伴っての上京で、その学校ないしは勤務先へのアクセスのために必須でつかうこととなるターミナル駅が、上述の5つの中に必ずあると思う。そしてその、緊張と期待と不安と高揚感のないまぜになった心で降り立ったターミナル駅は、以降その人のある種の心の拠り所てきな存在になると思うのだ。つかう回数が多いだけあって、きっとその人それぞれのいろんなドラマや物語が繰り返される場所。それぞれの東京が始まった場所。

わたしの場合のこの駅は、まちがいなく渋谷だ。
そしてわたしのこの街との最初の出会いは、中学生の時だった。


埼玉の南の外れに生まれ育ち、例にもれずにきちんとギャルへ成長したわたしにとって、渋谷は胸躍る天国だった。電車に1時間乗っていればつく、物理的にも時間的にもそんなに距離はないのに、心理的な距離はブラジルよりもあるように感じた憧れの桃源郷。


苦心してためたお小遣いで、できる限界のおしゃれをして、月に1回渋谷に向かっては、マルキューで買い物をし、プリクラを撮り、竹下通りまで足を伸ばして謎のお店で謎の小物を買ってクレープを食べる。キラキラしたギャルのお姉さんたちの姿を目に焼き付けて、地元に帰ってなんとかあの巻き髪をまねできないかとなれないコテに苦闘して首筋だけじゃなくてなぜか鼻の頭までやけどする。
当時のわたしにとっての渋谷は、背伸びして背伸びして遊びに行く、憧れの街だった。

そんな渋谷との"距離が縮まった"のは、大学に入ってからだ。
様子を見続けていた大学1年目が終わりに差し掛かり、仲の良い友だちもでき始めた秋の終わりの頃。初めて、クラブに足を踏み入れた。もともと洋楽がすき、海外の文化がすきということを公言していたこともあって、英語のクラスの友人(わたし以外は留学経験者か帰国子女という地獄のようなクラス)が誘ってくれたのだった。そしてそのクラブのあった場所が、渋谷だった。

高校は埼玉県に引っ込みつづけ、そして大学もうまく馴染めなかったためにそのときまであまり遊んでいなかったわたしにとって、ほんとうに久しぶりの渋谷だった。あの憧れだった街。そこでこれから夜遊びをする。クラブに行く。正直、行く直前までかなり躊躇していたことを覚えている。お酒も強くない、なにしたらいいかわからない、ていうかなに着ていけばいいんだろう、どんな事が起きるんだろう・・・

しかし、そんな心配は杞憂に終わった。
死ぬほど楽しかったのだ。

体が震えるほどの爆音で響く音楽、周囲の人の顔すらよくみえない暗いフロアと、不定期に射してくるまばゆいライト。よっぱらってなにか嬉しそうに叫んでるお兄さん、汗だくで踊る女の子、一生懸命ナンパするおじさん、次々にショットを出すバーテン、夢中でレコードを回すDJ。

衝撃だった。

皮膚からもアルコールを摂取し、シャワー浴びたみたいになるほど汗だくで踊り、死ぬほどナンパされて死ぬほど叫んで死ぬほど笑って、わたしは新しい天国を見つけた、と思った。またも天国は渋谷にあったのだ。でも今回は憧れではない。いつでもクイックに行けて、行けば絶対に受け入れてくれる天国だった。

そこから毎週末クラブに行くようになるまではあっという間だった。そして何かあれば渋谷に行くようになるのはもっとあっという間だった。
友だちとのランチも、おごってもらういい夜ごはんも、なにかものを買うときも、渋谷でできるなら渋谷で済ませた。渋谷以外ならその周辺、渋谷から1本で行ける場所を指定した。大学2年から付き合っていたオットとも、渋谷で出会って渋谷で遊んだ。なんなら渋谷から徒歩で帰れる場所に一緒に住んだ。
どれも、絶対に渋谷じゃなきゃいけなかったわけじゃない。ただ選べるなら、絶対に渋谷を選んでいた。


ここまでずっと渋谷を愛してきたのには、2つ理由があると思う。
1つは、子どものときに憧れた街に、おとなになったわたしが受け入れられた、と思ったこと。
そしてもう1つは、渋谷にいる人はみな、(ちょっと頭が悪そうで)とても楽しそうだ、ということ。

憧れの街が自分のフィールドになる経験がもたらすものは、わたしにとってはすごく大きかった。おとなになったな、という実感。あのとき憧れていたギャルのお姉さんに、今の自分はかなり近いところにいる気がするという感覚。正体不明の達成感は、これから何者かになろうとしている20そこそこのわたしに、貴重な自信を与えてくれた。

そして渋谷にいる人のこと。渋谷はその土地柄、圧倒的に遊びに来る人が多いから、なのかな。大好きな人に会いに行く人、待ち焦がれたイベントに向かう人、買いたかったものが買えた人、おいしいものを食べに行く人、、、渋谷を歩く人はみな、基本的には笑顔で、無邪気で、楽しそうに思う。これは週末の夜、とくに顕著になる。


わたしにとっての渋谷は、(かなり特殊な形ではあるが)憧れの場所から居心地の良い街になった。そのプロセスで他のどんな街よりも(おそらくは地元よりも)濃い、笑い泣き怒り成長を経験した。
無邪気で無鉄砲で、でも広い懐を持つ街。この街を選ぶ人のことは、どんな人でもきっと受け入れる街。そして自身も成長し続ける街。

書いてたら、久しぶりにクラブに行きたくなった。高架下のあのカフェバーはもうなくなってしまったけど、あのクラブはまだあるのかな。今はどんな子が、この街とともに成長していっているのだろうか。

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