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割れたクッキーは元には戻らない

女風に行った。半年ぶりのことだった。今思い出しても頭痛がするくらい自分の感情に振り回されていた10ヶ月前とは違い、今は自分の性癖を理解して、他では満たせない歪んだ自分を満たすためにその人に会いに行った。会いに行くことができた。

当時は盲目だった。あの頃は世界が色付いたかのように見えた。でもそれはきっと幻想で、暗闇の中で音を頼りに這いつくばっていただけだと思う。
視力が戻った今、世界は等身大に映る。こちらの方が心地いい。

「よかったね、これでもう元の君に戻れるね。」と友人は言う。

「もう戻れないよ。進行を止めるだけだ。」


BL*を好きな友達が言っていた。腐女子は一度腐ると戻れないらしい。大豆は納豆になれるけど納豆は大豆には戻れないのだと。

*BL…Boys Love(ボーイズラブ)の略称。男性同士の恋愛関係を題材とした作品、ジャンルの総称をいう。BLを好む女性を腐女子と言う。


私は今まで品行方正を善とする世界で生きていて、それとは違う世界を知った。歪んだ私、歪んだ性癖、そこでできた表では出会えなかっただろう友人、それらは私にとって必要なものだった。夜の私がいるから昼の私が存在できる。夜の私がいるから正気を保てる。両輪なのだ。車輪は1つでは進まない。私はもう、知らない頃には戻れない。

さて、思い出話をしよう。この一年を軽く振り返る。依頼の話は毎度書きたいと思いながら1.5回分しか書けてないからね。(正直言うとプレイの途中から記憶が消えるせいで書き上げるのが困難なのだ。)

初めての依頼は………よく、分からなかった。天井を見つめていた。当時は自分を曝け出せなくて、耳触りのいい思ってもない言葉しか吐けなかった。だから当然の結果なのだが。

「君は、俺やないほうがええかもな。
でも、俺を頼るなら全力でそれが叶うよう手伝う。」
もう二度と会わないだろうと思いながら、それだけが耳に引っかかっていた。

その4ヶ月後。
「なんでもう一度依頼してきてくれたん?」

不満は何も解消されなかった。でも自分ではどうすればいいか分からなかった。そんな時その引っかかりが私を引き止めたからだった。
「俺を頼るなら手伝うって言ってくれたのが残っていたからです。」と言う。
少し間が空いた。

「残念やな。俺が欲しかった回答、わかる?」

「はるさんに会いたかったから だ。」

彼は物売りではなく、彼自身を売っていた。


今の私は日常に不満はない。性生活にも何ら不満はない。不純物を抜いて、満たされた状態でそれでも会いたいと思えた。1年と2ヶ月かけて私は初めて欲しかった回答を持っていけた気がする。

『今度は、俺に会いに来いよ。』

ようやく、会えた。


……

「もうそろそろ限界やな。」 「そう思います。」

前は、言われたことの半分も理解できなかったのに少しずつ分かるようになった。今も、限界が何を指しているのか分かる。

自分を曝け出せるようになって、友達ができて、性癖も分かって満たされることを覚えて、その代わりに危機管理能力を失った。
快楽主義者は、危険さえも快楽として愛す危うさがある。

『もう戻れへんところまで来たなあ。』
これは半年前、ホテルの非常階段で首を絞められながら言われた言葉である。
嫌だ嫌だと泣きながら抵抗していた。当時は怖かった。変わっていく自分が。自分が蓋をし続けたものが私の中にいて、それを引っ張り出されたらどう生きればいいか分からないと思った。

「正直半年でここまで来ると思わへんかったわ。もっと時間がかかると思ってた。」

分かる。私も驚いている。怖いとピーピー泣いていた私は大きくなりました。
この変化は、私が求めたから。そして周りの人に育てられたからだと思う。
欲しいものは手に入ったから、刺激中毒がこれ以上進行するのを止める。安全に遊ぶことを考える。

「これ以上いくと逆に生きづらくなる。ここらへんで丁度いい。嫁と違ってお前の隣に俺がいるわけやないからな。気をつけろよ。」

私の未来を案じるその姿が優しいと思った。隣にいないけど、私は大丈夫だ。彼の言葉は、食道から胃へ、胃から腸へ行き、吸収される。肝臓を通過して血液中に入り時間をかけて効果を発揮する。気づけば私の血肉となるのだ。

その後、何かトラブルに巻き込まれたら全力で被害者ぶれ、間違っても気持ちよかったとか言うなよ、と言われて笑った。

初めて依頼をしてから1年と2ヶ月。女風に行った。縄会に、SMバーに、ハプバーに、変態文学飲酒会に、バーレスクに行った。色々な人と話した。内向的な人間としては上出来である。

可笑しな自分を安全に出せる場があることは救いだった。誰も引かない。そこには許容だけがある。

変化は不可逆的で、一方通行だ。
ctrl+zを押したって元には戻れない。髪が色落ちする過程も楽しいように、変化と和解して楽しもうと思う。

夜の私を抱えて、家族の前で、職場の人の前で、こういった話とは無縁の友達たちの前で、何も知らないふりをして生きる。蓋で押し込めてた頃とは違って、もっと生きやすくなった。


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