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【ピリカ文庫】たまには何かのせいにして

夜空に打ち上がった最後の花火は、ひときわ大きく、ひときわ派手だった。 

ドン!という音と共に夜空に開いた大輪の花は、まるで空から降ってくるかのような余韻を残して夜空に消えていく。

隣にいる春香さんを見ると、「わぁ!」と打ち上がる花火の様子に目を奪われていた。
いつも職場でしか見たことのなかった先輩が浴衣姿で隣にいる。それだけでも特別なのに、花火が開いた時の光に照らされる彼女は、いつにもまして魅力的だ。

ただ、そんな綺麗な情景の中にあっても僕はひとり焦っていた。 花火の残り火が消えて辺りが真っ暗になる。会場の河川敷からはどこからともなく パチパチと拍手が起こった。つまりそれは、花火大会の全てが終わったことを意味する。

手、握れなかった...。

顔を覆いたくなるくらい、自分の情けなさに打ちひしがれた。
「次の花火が打ち上がったら手を握ろう」 
そう思い何度もタイミングを計っていたが、いつの間にか花火は終わってしまった。

「お帰りの際は列に沿って安全に進んでくださーい」

メガホンで叫ぶ係員のアナウンスがやけに冷たく感じる。声が聞こえ始めるのと同時に、来場者たちがぞろぞろと動き出した。

「綺麗だったね〜」

満足そうな春香さんと一緒に人混みの中を歩く。 会話には笑顔で返してはいたが、話の中身は全然入ってこなかった。それよりも、心の中は後悔 であふれていた。

ずっと憧れていた2つ上の先輩を花火大会に誘ったのは、僕からだった。

「2人で?」

そう聞き返されて、戸惑いながら「はい」と答えた。すると、春香さんは少し考えた後に「いいよ」と笑顔で答えてくれた。
今までろくに恋愛経験のなかった僕にとって、千載一遇のチャンス...だったのに。こんな夜に手すら握れないのは、臆病な僕自身のせいだ。小さくため息をついた。

「君のせいじゃないよ」

春香さんがこちらを覗き込んで言った。

「...へ?」

今思っていたことが無意識に口から出てしまっていたのか、それとも心の内を読まれたのか。
口を押さえながら、すっとんきょうな声を上げてしまった。

「だからさ、君のせいじゃないって言ったの。あれは、後輩くんをかばったわけでしょ。本当は君が悪いわけじゃないのに」

「...えっと」

『後輩』『かばう』そんなワードから頭の中を検索すると、3 日前に上司からこっぴどく怒られた案件を思い出した。

「...あぁ!いや。あれは...その、後輩をちゃんと指導できていない自分のせいだから」 

「また、そんな風に言う。『自分のせいだから』って」

気が付けば、帰り道が別れる交差点まできていた。少し前を歩いていた春香さんは、振り返ると開いた右の手のひらで僕の左胸にトンと触れた。

「いつも君はね、全てを『自分のせい』にしてるんだよ。気付いてる? たまにはさ、誰かのせいにしてもいいんじゃない? それくらい、君はいつも素直で優しいよ」

彼女は僕の目を正面から見て言う。恥ずかしさで思わず視線を下げた。 

「いや、でも誰かのせいにしたら、今度はその人が辛くなるし...」 

僕の言葉を聞くと、春香さんは下を向き「はぁ〜」っとため息をついた。

「あー...そうだった。そこが、君の良いところでもあるんだけど」 

なんて返せばいいか分からず頭をかいていると、肩をポンと叩かれた。 

「なんか⻑々と話しちゃったけど、今日の花火は楽しかったよ。誘ってくれてありがとね」 

急に話が『バイバイ』の流れに進んだことに気付き、ハッと顔を上げる。 

「あ、いや!こちらこそ、楽しかったです」

慌てて言うと、彼女はにこりと微笑んだ。

「じゃあ、また月曜に。会社でね」

そう言うと、春香さんはこちらに手を振りながら駅の方へと歩いていった。角を曲がって姿が見えなくなるのを確認してから、僕も自宅の方へ歩き出した。
家までは約10分だが、なんとなく足取りは重い。 今まで気にしていなかったが、一人になると暑苦しい空気がべったりと身体にまとわりついてくるのを感じた。

そういえば、今日は熱帯夜になると天気予報で言っていた気がする。この日が晴れることを願い、ここ1週間は天気を毎日欠かすことなくチェックしていたことを、ふと思い出した。

情けないなぁ。
でもこうなったのも、自分のせいか。

そう思ったところで足が止まった。
「たまにはさ、誰かのせいにしてもいいんじゃない?」
春香さんに言われたことを思い出した。

誰かのせい...か。 

急に足を止めたので、歩いていた時に溜まっていた身体の熱気が僕を包む。 

それにしても暑いなぁ。

額の汗をシャツの袖で拭った時だった。

「...あ!」

ひとつ閃いたことがあり、僕はスマホで電話をかけた。 数回コールした後に出た春香さんは、少し驚いていた。

「先輩、今どこですか?」

「ちょうど駅前の横断歩道で信号待ちしてるところ。どうしたの?」

「あの、えーっと...」

いざ話そうとすると言葉に詰まる。しかし電話までかけているのだから、もう後には引けない。

「今から、もう一度会えませんか?」

電話口で遠くの方から「カッコー、カッコー」とメロディが聞こえる。横断歩道の信号が⻘になったようだ。

「私、今駅前だよ?」

「行きます!今すぐ行きます!」

気が付けば、僕は踵を返して駅へ向かって走り始めていた。

「何かあった?」

驚きを隠せない彼女に、僕は電話口で息を切らしながら言った。

「全部...これ全部、熱帯夜のせいなんです」

「...はい?」

「だから、熱帯夜のせいです!自分の行動の理由を、誰かのせいにしたくないから!だから、熱帯夜のせいにしてみました!」

走りながら一気に喋った。『勢い任せ』という言葉が頭に浮かぶ。少しの沈黙の後、電話口からはケタケタと笑う声が聞こえてきた。

「そっかぁ。熱帯夜のせいじゃ、仕方ないなぁ」

春香さんの明るい声が、暑苦しい空気の中で一瞬だけ吹く涼しい風のように感じた。

 「実はさ。今日の浴衣、この日ために用意したんだよ」

「…え?」

走っていた足が思わず止まった。 

「全然褒めてくれないからさ、興味ないのかなぁって」 

「...ご、ごめんなさい!それも熱帯夜のせいです!」 

「花火が終わった後の会話も、しばらく上の空だったでしょ」 

「そ、それも熱帯夜のせい!」

「急に熱帯夜のせいにし過ぎじゃない?」

電話の向こうで春香さんは笑っている。 
ごもっとも、だ。
我ながら、やらかしていることが多すぎて落ち込む。さっきから、話しながら自然と視線が下がっていたことに気付いた。視界にはアスファルトしか入ってこない。

「待ってるから、早く来てよ」

柔らかくて優しい声が耳に届く。
ふと顔を上げた。普段は無機質に感じるビルやマンションの灯りですら、今の僕には綺麗に見える。もう一度、今度は全速力で灯りの方へ駆け出した。

もう、ヘマはしない。

そう誓って。


<終>

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今回はnoteクリエイターのピリカさんにお誘いいただいて、短編を書き上げました。
テーマは「熱帯夜」。

熱帯夜かぁ、何を書こうかなぁ。

手探りの中、雰囲気の参考にしたのはJ-POP。色んなアーティストが「熱帯夜」という曲を書いているので、とりあえずその歌詞を読んでみました。すると、どのアーティストも曲を通して「思い通りにいかない恋」を描いているなぁと思いました。暑さのせいか、募った想いが行き場なくあふれ出ているような、そんな雰囲気。
それを自分なりに描ければ、と書いてみた作品です。もし感想などあったら、教えていただけると嬉しいです。
とても良い経験をさせていただきました。

ピリカさん
今回の「ピリカ文庫」へのお誘い、本当にありがとうございました!


(note更新259日目)

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