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第6話 「UFO」



赤目が飛び掛かってきて、ガリはもんどりうって川に転げ落ちた。
その時、その後の記憶がなくなっていた。
気が付くと流木につかまって川下の方にどんどん流されていた。
周りの景色は、空と水と一瞬頭上に銀色に輝く円盤のようなものが見えた。

記憶を失っていた短い時間、ガリはその銀色の円盤の中にいた。
銀色の円盤は、他のものには見えない不思議な物体だった。
円盤の中には、誰もいないのに誰かに見守られているような感じがした。
突然、ガリの頭の中に公園に捨てられてからの、今までの様子がよみがえってきた。
誰かが、ガリの頭の中にもう一人存在していて、思い出しているような不思議な気持になった。
自分には、使命がある。
それを強く感じたとき、流木につかまって流されている状態に戻っていた。
赤目に襲われて、川に落ちる前のガリの記憶は消えていた。
もちろんタマのことも全く覚えていなかった。
ガリは川下に流されながら、落ちた側と反対側の川岸に流れ着いた。
そこにはいつも見ていた、工場地帯が広がっていた。
ふらふらしながら、川の土手を上がって工場の方に入っていった。

タマは、ガリがいなくなってからはいつも川を眺めるようになっていた。
その時いつものカラスが声をかけてきた。
「お前さん、元気ないな。どうしたんだい。」
タマは、川べりで起こった騒動をカラスに話した。
するとカラスから意外な言葉が返ってきた。
「別のカラスから聞いた話だけども」と言った。
いくにちか前、流木につかまって流されていた、ガリに似た猫が対岸にたどり着いて、工場地帯の方に歩いて行ったと。
タマはきっとガリに違いないと思った。
うれしくて勇気がわいてきた。
ガリを探しに行こう。
そう決心した。
対岸に行くには、川を少しさかのぼって、電車の鉄橋を渡るのが一番の近道だと、
カラスに教えてもらった。
昼間や朝晩は頻繁に電車が通るので渡るなら夜遅く
電車が通らない時が良いと仲間の猫たちに教えてもらった。
親切にしてもらった猫たちや楽しかった商店街での思い出を後にして、
タマは鉄橋に向かった。


深夜、鉄橋は静まり返っていた。
恐るおそる、鉄橋に足を踏み入れた。
少し進むと下の川から風が吹き上げてきて、恐ろしかった。
ゆっくりと進みながらやっと真ん中まで来た時線路に振動が伝わり始めた。
こんな夜中に電車がやってきた。
この電車は、線路の点検のため夜中に走るものだった。
どんどん振動が大きくなり、大きな電車が姿を見せすごい速さでタマに迫ってきた。
タマは、急いで線路から離れて鉄橋の柱にしがみついた直後、
電車はすり抜けていった。
振動がだんだんと小さくなり遠のいていった。
タマは、しばらく柱から離れることができなかったが、
足の震えもようやく収まって来たので、線路に戻りゆっくりと前進を始めた。
空一杯の星ときれいな月が輝いていた。
やっとの思いで、鉄橋を渡り終えた。

やっと、対岸に出ることができ一安心した。
これからもう一度川に沿って下っていきガリが流れ着いた場所を探すことにした。
少しすると空もだんだんと明るくなり、
土手には朝早くランニングする人間もちらほら現れていた。
タマは土手から下って、川岸に近い草むらをゆっくりと歩いていた。
こちらの草むらは、背丈が少し高くて歩きにくかった。
川岸に、小さなカメを見つけた。
カメはこちらにはまだ気づいていないようだった。
タマは、前足でカメを抑え込んだ。
カメは、大慌てで首を甲羅の中にひっこめた。
逃げ出そうと、手足をバタバタさせていたが、どうにもならなかった。
タマは少し力を弱めて、
「カメさん。何もしないよ。安心して。ちょっと教えてほしいことがあるんだけど」
と言って、前足を離した。

カメは、甲羅から首を出してタマの方を見ながら
「ああ、びっくりした。で、聞きたいことって?」
と返事をした。
ガリのことを聞いてみたが、カメは何も知らなかった。
タマはがっかりして、
「じゃ」
と言って離れようとすると
「ちょっと待って」
とカメは言った。
「ぼくは、行動範囲が狭いのであまり、周りの様子はわからないけど、知り合いの魚やカエルなら知っているかもしれない。
聞いてみるから明日の今頃もう一度ここに来てくれない。」
と言って川の中に潜っていった。

この時、タマの頭の上にも銀色の円盤が現れていた。
しかしタマには見えなかった。
何かを観察しているようだった。
タマは、昨日の夕方から何も食べていなかった。
何か食べ物を探しに出かけた。
その夜は、その場所に戻って来て寝た。
翌日、約束の場所にカメは現れた。
カメは色々な話を聞いてきてくれていた。
ネコは、突然銀色の円盤から現れて、川に流れている木を掴んで流れていた。
多く川の魚たちが、その様子を目撃していた。
魚の目には、円盤が見えるらしい。
最近ちょくちょく円盤を見るようになったとも言っていた。
工場側の川岸にいたカエルが、流れ着いた猫を見かけた。
場所は、ここより少し川下だった。
ネコは、少しふらふらしながら土手を上って、工場地域に消えていったと言う。
魚たちの間で、円盤から現れたネコのことで話が盛り上がっていたらしい。
あのネコは、ネコの神様じゃないかとか、あのネコににらまれたら、動けなくなってしまって、簡単に食べられてしまうのではないかとか、いろいろな話が飛び交っていた。
その話を聞いて、タマはずいぶんと安心した。
ガリは、無事だったようだ。
すぐに見つかるような気がした。
ともかく、ガリの後を追うことにした。
「カメさん、いろいろありがとう。昨日は、驚かせてごめんなさい。」
と言いてその場を離れた。
タマは、陽気な歌を口ずさんでいるのに気が付いた。
なんだかうれしくて、体が勝手に踊りだしそうだった。
自分はこんなにもうれしくて自由だと体全体で感じていた。もうすぐガリに会える。

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