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価値の変遷

最近、「海走るエンドロール」や「ブルーピリオド」が
面白くて仕方ない年頃。

先日、とっても面白い話を聞いたので、
その備忘録として。

「最近の音楽は、かなり複雑で、
セオリーからわざと外したものが多い。
人間が歌うことをあまり前提にしてない。」

という話。

確かに、私がよく聞く
King nuさんだとかYOASOBIさんだとか
ずとまよさんだとかEveさんだとか
本当もう難しいので
カラオケで歌おうなんて思わないけど、
全体的に、難しめの曲が多い風潮だそう。

クラシック的なセオリーでは
"こう"なるはずのところを、あえて行かない、だとか
人間の声では出しにくい、
"楽器"っぽい音楽になってるだとか。

表現の幅が広がって、
絡みあって複雑になっているらしい。

つまりこれは、音楽における価値や、
評価軸がなんらか変わってきているということ。
価値観が変わるから、
表現も変わる。

この話、なんかに似てるな、と思ったら、
アートと全く同じ変遷をたどっているっぽい。

アート、特に絵というのは、
もともとは、より正確に"伝える"ために存在した。

誰も見たことのない神の存在を、
みんなが信じられるように。
国を治めている王を、
みんなが慕うことのできるように。

だから、より正確に、
そして美しく描く必要があった。
そのため、昔の絵画は
写実的で煌びやかなものが多い。

ところが、その価値観は、
写真の誕生で大きく揺らぎ始める。

天才的な絵描がいなくても、
誰もが、リアルに正確に、
そのシーンを残せる時代が来てしまった。

そうなると、"絵である意味"とは?
という問いが出てくる。

正確でリアルがいいなら、
わざわざ絵である必要はない。
絵を描くなら、絵で表現する"意味"が必要になる。

もっと言えば、その画材である意味や
テーマである意味は何か?まで突き詰める事になる。

教授

「アートは問いである」とよく言われるけれど、
現代アートに意味がわからない難解なものが多いのは、
「アートにしかできない表現は何か?」を
深く突き詰めたものばかりだから。

「ただ綺麗。」とか、「うまい」とかでは、
「それアートの意味あるの?」
「何を訴えたいの?」
「もうそんな作品、生まれる前にごまんと存在してるよ」
となってしまう。

だから、より意味を追い求めて、
複雑に難解になっていっている。


これと同じことが、
音楽にも同じことが起きているのだと思う。

アートでいう写真は、
音楽で言えば「ボカロ」じゃないか?とのこと。

私は音楽は全く知らないので、
もっと複雑な変遷や歴史はあるだろうけど、
ボカロの誕生はかなり衝撃ではあったと思う。

天才的な歌手や、天才的なギタリスト、ピアニストでなくても、
パソコンひとつで誰もが歌を作れる時代。

じゃあ、人間が歌う歌は、
人間だから表現できる、もっと繊細なものを。
世の中に、メッセージを。意味を。
と、求めていく。

そういう価値の変遷が
今まさに起きているのだと思う。


じゃあこの先、それが突き詰められていったら、
次はどんなパラダイムシフトが起きるんだろう。

私は、シンプル→複雑、ときたら、
次はまた「シンプル」なんじゃないかと思う。

ちょっと意味を求めすぎる世界に疲れて、
「スローライフ」だとか「無駄を大事に」みたいなことは
今もすでに起きているし。

この声がもっと大きくなって、
「意味なんて必要?」
「ただ綺麗とかただ好きじゃだめ?」
みたいな、どストレートな表現の時代が来るのでは、と思う。

・・・正直、今じゃまだあんまり考えられないけど。
「ただ好きだと思った風景を描きました」で
絵画が100億円落札されるかと言われたら微妙だから。
ストーリーは欲しいなと思ってしまう。

でも、きっと、AIが発達した時、
哲学みたいなロジックの世界には
AIはもしかしたら追いつくかもしれないけど、
好きとか綺麗みたいな、主観的で感情的な部分は、
きっとAIはたどり着けないと思う。
どこまでいっても、計算なだけだと思うから。

不条理で、全然合理的じゃない、
愚かな判断をしてしまうのが、人間。
この人間らしさが、
次の価値になるのではと思う。

価値の変遷に立ち合えるのは、とても楽しい。


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