「なにか嬉しいことを言つて」と朝通話君の声こそ最も嬉しきに (高島裕『雨を聴く』ながらみ書房2003)
恋の歌のことを相聞歌(そうもんか)
という。この歌集を読んで、相聞歌っていう言葉を思いだした。
「雨を聴く」
は 一年を通して恋のことだけを歌にしている。
深さと潔さのある歌集で 似たような歌集を わたしは見たことがない。
「なにか嬉しいことを言つて」と朝通話君の声こそ最も嬉しきに
嬉しいことを。と女のひとに言われて 今、話している あなたの声こそが いちばん うれしいんだよ と思う作者。骨抜きにされているさまが、とてもいいなと思う。
何とかこちらを向いてもらおうとしている人なら
なにか嬉しいことを言つて
こんな余裕のあることばは出てこないだろう。 この女のひとは作者の思いを確信して、華やいでいるようで、いいなと思う。
骨抜きにされているさまを さしだす強さのある 現代の男性歌人の歌。
見ないように思うのだけど、気のせいだろうか。
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とここまでを だいぶん前に書いていて、
今 読み直して ぎょっとするのだった。
「なにか嬉しいことを言つて」
は余裕のある言葉でも何でもなかった。
何とかして作者に「嬉しいこと」のほうに目を向けさせようとする
女のひとの献身的なやさしさのようにも感じられるし、
「なにか嬉しいことを言つて」という女のひとこそが
何とかして「嬉しいこと」のほうを見ようとしている
彼女の言い知れないためいきや闇のようにも感じられてくるのだった。
形容詞過去教へむとルーシーに「さびしかつた」と二度言はせたり
大口玲子
この歌も 須臾の間 脳裏をかすめる。発話つながり。
水銀の珠一口に吞みこみぬ 深く諾ふ 君が好きです
藍ふかき海に臨んで抱き合ふ末期のやうなかがやきの中
ぬかるみを恋のごとくに踏みしめて藤棚垂るる下まで行けり
かがやきて夜のホームの果てに立つ破顔のひとをめざして行かな
月光のやうなからだを引き寄せるその内側の雨を聴かむと
指先で君のちからを喚び出さう川面に跳ねる魚(うを)のちからを
眼を閉ぢて闇を喚びつつ君はいま君ひとり知る雨のただなか
抱きたい、と電話で言つて抱きにゆく八月の陽に髪を灼かれて
波へだて遠ざかりゆく君のためなほまつすぐに告ぐる愛あり
一年(ひととせ)の結びを急ぐ時の川 喚びあひながら離れゆく腕
高島裕『雨を聴く』ながらみ書房
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