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島生活を充実させるためにやっていること

4月からの島暮らしに向けやっていることを書き出してみました。
本日、2月5日。こちらは快晴です。

ここまでの振り返り

海士町の親子島留学に行くためには、事前に開催される体験会(島育体験)に参加必要があります。私は8月の第一回目に参加しました。その後10月に2回目が開催されました。


その後、10月末までに応募します。所定の応募用紙に、親子ともに、なぜ参加したいのかを書いて提出しました。
結果が来たのは11月末。12月1週目に、やんごとなき事情がない限り行きますといった誓約書にサインをし送付。これで、手続き完了。極めてシンプル…。(正式な何かはこの後あるのかもしれない。でも行く行かないに関係するものはここで完了)
そのまま年を越し、1月から具体的準備に向けた案内が開始されました。
重要度大のことは案内がもらえると思い、基本的には受けの姿勢です。

私が進めているのは、物理的に暮らす場所が変わる上での準備と1年間を有意義に進めるための準備です。

転出にまつわる準備

引っ越す日を決めた。4月3日。桜はもう散っているかな。
学校、学童、習い事に転居を伝え手続きを行った。行政手続きは直前に。
近所や地域の人に母子だけ1年いないことを伝え、挨拶をした。挨拶ってなんなんだろう。自分で言っててよくわからないけど大事。生活圏を共有する人同士のプロトコルだね。
仲のいい友達に母子離島留学すると話まくっている最中。100%肯定的。ありがたい。遊びに行くと言ってくれた友達は皆来てくれるのだろうか。遠いよ。
そうでもない仲の人にも話してみている。反応バラバラ。一瞬顔がこわばる人がやはり多い。子供の多い地域でも母子留学は珍しいよう。フィリピンの語学留学のようなスキルアップをイメージした印象も多く与えているよう。
持っていく物、持っていかない物、処分する物、新たに買う物など物の整理の真っ最中。考えるのは意外と楽しい。新調するものは、使わなくなる時、捨てる時のことも考えて購入するようにしよう。
仕事の整理の真っ最中。全部持っていくとただのリモートワーカで終わってしまう。それでは生活を満喫できないので週2分だけ持っていけるよう鋭意努力中。週2のラインは、島での生活費をまかなえるかで引いてみた。全部投げ捨てていけるほど勇気も私にはない。
2019年12月で一つ大きなお仕事を辞めた。これでよしと思ったのも束の間、バランス欠くといけないね。残した仕事が辛くてたまらなくなってきた。忙しいタイミングと重なったのも多少影響していそうだけど、忙しくても楽しいこともよくあるし、それが原因ではなさそう。バラバラ崩れるような感覚に不安な気持ちでいるところ。

転入にまつわる準備

行政手続きの流れを確認した。段取りのみ。役所の手続きは色々と面倒だけど、答えがちゃんと決まっている(ルールがある)から段取りはとてもスムーズ。Webにも情報はあるし転入先の役場の方が丁寧に教えてくださる。助かります。
お母さんたちとLINEで繋げてもらった。今留学中のお母さん、4月から共に留学するお母さんたちとのグループライン。情報交換もとより、子供への想いや不安な気持ち、腹をくくった感を共有できるのは何よりありがたい。助け合って行きたい。
学校関連の手続きや日程を確認した。始業式以外の直近の予定、必要な持ち物などの情報は、転居先の教育委員会よりおいおい知らされるのであろうと待ちの姿勢。
生活イメージを立てつつ必要品の準備を始めた。
車がいるそうなのでお借りすることにした。
wifiは光の工事が必要で早くてGW明け利用開始とのこと。それなら仕方ないと、wifiつなげる場所探しをしている。朝からでも使える場所はあるようで一安心(仕事でビデオ会議を使うのでwifi必須)
今留学中のお母さんから、湿度が高いから梅雨時から夏場は除湿器あると良いと聞き調べてみた。買うかどうかはその時期に決めるとして、体験フィードバックは誰の役に立つかわからないから大事だなと思う(このnoteも)
生活予算の試算をし、随時更新中。家が二つになるとお金がかかると思いきや、学童や習い事をいったん全部やめるので意外となんとかなりそう。変動コストにどの程度かかるかは行ってみないとわからないし、お金がなくなれば釣りに行こうと思っている。小さな畑も借りられる。湧水も飲めるらしい。都会ではこの方法が取れないわけで、お金がなくても生きていく知恵をお金を出してでも皆会得すべきだと思う。(お金なくなる前にね)
##お金があるというのはものが増えることに繋がっていく。お金が十分になく、あるものをうまく使いこなせるとものに支配されず良いよなと思う私。

島生活を充実させるための準備

転出入と違い、やらなくても生活は始められます。
ただ、なぜ行くのかを考えれば、この準備なくして行けないなと思うのです。
特別な1年にするために必要な過程です。

島生活でやりたいことのピックアップと深掘りの真最中。
親子島留学に行くか行かないか、応募する前に、海士町でやりたいことリストを息子と共に作成し始めた。まだ更新中。できること、できそうなこと、できもしないこと。出てくる出てくる。これがなぜ行くのか、なぜお母さんは僕に一緒に行こうというのか、それぞれ理解するのに役立った。
行くタイミングで公開しようと思う。
暮らしをよりシンプルで快適なものにするには、何をどうしたら良いか考えている。上記やりたいことリストのとっておき深堀項目。
「ないものはない」がキャッチコピーの海士町。潤沢にものが揃わない島で、必要なものは揃っているとはどういうことなのか体験してみたい。単純に、いつかごみになるものがなくても生活できることを確認したい。綺麗な海を見て、汚しちゃいかん!と強く思いたい。
できないことを嘆かず、できることをする。それだけで生活はシンプルで快適になると信じている。
まずは車だな。あまり乗らずに住む方法を考えている。自分一人なら自転車に乗れば良いのだが、私が住む地域は商店のあるエリアから少し離れていて、小高い山を超えなければならない。日常的に山を超える生活を送ったことがないからこれについては及び腰。まずやってみるけど、無理はしないでおきたい。
教育の側面での子供にとっての環境の整え方を思考中
海士町では、教育を中心とした島づくりをしている(隠岐島前教育魅力化プロジェクト)。人が地域を作る。まさにその通り。親子島留学はそのプロジェクトの一環として始まったもの。島前高校には、島外から大勢の子供たちがやってくる。島の外からやってきた人々もプロジェクトを支えているのだそう。昔は、島に塾はなく大学に行くための学びの場はなかったらしい。その場が生まれ、学びの機会が広がり、それがまた人を惹きつける。そんなサイクルが生まれている。小学校を通して関わりを持つことはあるだろうが、それ以外に彼ら高校生たちと肩を並べる場が作れないものかと考えている。島に行ったら、まず会える場所にいろいろ出向いて行こうと思う。
島に居を移すだけだと、タブレット教材を粛々とやらせる行為で満足してしまいそうで怖い。
真剣に取り組みたいと思える課題の発見に思いを馳せる。
新たな生活が始まれば、連続的な違和感に襲われるだろう。
なぜだろうなぜだろう。それを大事に、これからの人生で解決したいと思える課題を見つけたいと思う。これが見つかるとき、見つかりそうな時、ここから持っていく仕事を手放すのではないかと思っている。
今仕事ができているのは過去からの積み上げがあってこそ。IT業界にいる身として、ある時その積み上げが全く効かなくなることを理解していても、年を重ねるにつれ手放し辛くなっている。どこかで、それが合理的だと判断しているからだろう。いやただの依存かもしれない。知識経験が多いことの方がそりゃ楽だし。仕事はなんとでもなると思っている自分にも少し嫌な気持ちもしている。
もうここは、チャレンジを歓迎ではなく、チャレンジ必須の島に背中押してもらおうと思う。頼ってしまえという気持ち。
考えや想い、体験を伝える場作り
今、自分が思っていることややってみたいと考えていることを共有しながら、整理、言語化するお手伝いをしてくれている方がいる。
2週に1回、おもむろに話を始め、賑わったところで、また2週後〜。という具合。今朝も聞いてもらった。
その際、人がチャレンジするプロセスは、自分にはできない経験をしているようで贅沢だと言ってもらった。そうなのか、そうなのか。
まるで居酒屋で隣の席同士になったように、島の人とその他の人をどこでもドアでつなぐような場、自分ではなかなか行けそうにない島に1年だけ行くことを選択した私の日常を伝える場。やりたいと思える場のイメージが見えてきた。やれそうでもある。

終いに:
一番最初に書いたnoteのタイトル「風が誘いに来たようだ」は、エレカシの四月の風のフレーズの一つ。
この歌のように、毎日、何かが起こりそうな気がして気持ちが上がっていて、4月が待ち遠しいのです。仕事は無理が重なり心身共に疲れてきているけど、頑張る気持ちも湧いてくるものよ。と。
おまけでひと頑張りするとしよう。


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