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女の人は不安定な美しさを持っている

誰にも読まれない物語を読みたいの。
それはもちろん私にも読まれない物語なの。
タトゥーみたいなものよ。
鏡越しでないと、その掘り上げた模様は見えない。自分の目では決して見えない、そういう物語を読みたいの。

背中の腰骨のちょうど真ん中あたりでもいいし、仙骨のあたりでもいい。個人によっては恥骨の所でも良いかもしれない。もちろんそれは相当な痛みを伴うと想像できるからね。

つまり、誰にも見られない所に掘るタトゥーのようなものだと思う。誰も知らない物語というものは。

もちろん、裸になる関係の人は別。
否応なしにも見れちゃうもの。

裸になる関係の人はそもそも外して。

それはアクシデントみたいなものかもしれないから。
衝突事故とも言うかもしれない。

事故やアクシデントをいちいち数えていたらきりがないわ、だから私はそれは切り離すことにする。

そもそも、タトゥーってとてもセクシーなものよね。

自分の肌に柄を入れ込むってとてもセクシーな行為だと思うわ。動物的な行為よね。蛇とか魚とかの鱗の様なもの。

もちろんセンスがない人も多数いると思う。というよりもほぼ大多数の人がそうなんじゃないかしら。

まあ、TPOの様な考え方も必要ではあると思うし。それはよく分かる。

そもそも、

なぜ、そこに、必然的に、その模様を入れたのか、

入れなくてはいけなかったのか、

という理由がないと納得出来ないわ。

不自然なタトゥーが多過ぎるのよ。

そこまで一気に話し終えると、彼女はアイスコーヒーをストローで啜った。
運ばれてきたアイスコーヒーに口をつけたのはそれが初めてだった。

「つまり、きみにはタトゥーがあるってことを言いたいのかな?」

僕はできるだけ冷静さを保った声で聞いてみた。

「あなたは人の話を聞いていたの?
TPOが必要な場合があるって言ったでしょ。タトゥーは入れてないわ。それに、私はあなたが思っているよりもずっとTPOというものを重んじている性格なの。

色々と不便なことが多過ぎるものね。

アクシデントを数えていたら、きりがないのと同じ。」

彼女はムッとした顔をして答えた。

これが、僕と彼女の初めての会話だった。

6月8日、午後14時21分、渋谷の奥まったところにある静かなカフェ。

それが彼女から指定された待ち合わせ場所だった。

僕は15分前に到着して席に着いてアイスコーヒーを注文した。店内は15席くらいのこじんまりとした雰囲気で、白いひげを生やしたマスターが1人で切りもりをしている。

6席ほどのカウンターには中年のサラリーマンがナポリタンをすすりながらコーヒーを飲み新聞を読んでいた。よくある平日の光景だった。

14時21分ちょうどに彼女は来た。
ドアを開けると扉の上にくっついてた鈴の音が響いて、マスターはいらっしゃい、と声をかけた。
アイスコーヒー、とよく通る声で彼女は注文した。
マスターはグラスを拭きながら小さく頷いた。

そして冒頭に戻る。

「確かに、TPOを考える、というものは今の時代では非常に重んじられてる考え方だと思うよ。特に会社員として働いている人達はね。」

分かりやすく簡潔に言うと、これが僕らの初めての会話の全貌である。

そう、僕らは、初めてあったのだ。
絶対にすれ違うことのない世界で生きている男女2人が、出会った。

それはとても神秘的なものとも言えるのかも知れない。

僕らは出会い系サイトで出会った。

そこには自己紹介、自己アピールという欄があって、彼女の所には「とどのつまり、何も気にすることなく話がしたいだけ」と短く簡潔にまとめられた文章が書き綴られていた。

だが、性的趣向の所には「激しく」と書かれていた。

それから、プロフィール画像の所には、誰もが驚くぐらい、美人な女性の写真が載せてあった。
サクラなのかも知れない、と一瞬よぎるのだが、この人はそう言うことを言うかも知れない、という予感のものを醸し出している雰囲気だった。ただ話したいだけなのか、性的趣向は激しく、なのか。

とにかく、ひどく不安定な美しさを持っていた。

そして、僕の目の前にはその画像の女の人がいる。

「わたしの声は、聞こえている?」

ああ、聞こえているよ、と僕は答えた。

#小説 #物語 #ものがたり #冒頭

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