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30代でも勉強はできるけど

年の始めに「英語にコミットする」と決めて、毎日勉強している。
週におよそ20時間。2月で1カ月が経つ。
コーチと二人三脚で、英語漬けの日々を過ごしている。

唯一の壁は「失敗力」の低下だった

30代半ば、仕事と家庭と勉強の両立。
意外にも、やる気も理解力も記憶力も衰えていない。
なんなら、人生経験が増えた分、理解力は高まっている気さえする。
時間を作るのは大変だけど、作ろうと思えば作れるものだ。

でも、20代の頃とは、決定的に違うことが1つある。

それは、「失敗力」の低下だ。

間違いを指摘されることへの耐性が、明らかに下がっている。
訂正されたり、注意された時に、「うっ」と思う。
自分の中に「でも」「だって」が湧きあがってくる。
失敗に対する抵抗感が強いのだ。

私たち30代は、仕事で一定の成功パターンができあがっている。
だから、そうそう失敗しない。
結婚したので、大失恋を経験することもなくなった。
日常で失敗する機会が、目に見えて減っているのだ。

「ほめてくれるコーチ」の存在

私のコーチはすごい。
10やれば、10ほめてくれる。
ほめ言葉の嵐の中に、ほんの少しの「進化ポイント」を織り交ぜてくれる。
なんと言っても「進化ポイント」という言葉選びがすごい。
「進化するためのポイント」。失敗感をみじんも感じさせない。

そして、いい意味で適当である。
「文法のエラーはありますが、伝わりますので全然大丈夫です~」などと言ってくれる。
これがまた、完璧主義で凝り固まった私の心をほぐしてくれる。

ほめてくれるコーチがいなかったら、私はきっと勉強が続けられない。
仮にコーチなしで勉強したとしても、なかなかコンフォートゾーンからは出られないと思う。
進んでも進んでも、大量のにんじんがぶらさがっていると確信できるから、私は安心して毎日たくさんの失敗ができるのだ。

「ほめの連鎖」で勉強は楽しくなる

はじめから、ほめのシャワーを浴びていた訳ではない。
「とにかくいい所をフィードバックしてほしい」とコーチにお願いした。
私のコーチは元々ほめる天才なのだが、ほめられた際に「ほめる天才ですね」「モチベーションが上がりました」「やる気が出ます」と声に出して伝え続けた。

人はみんな、ほめ言葉に飢えている。
私もその1人。コーチだってきっと例外ではない。
「自分が何をされるとモチベーションが上がるのか」は、伝えないと伝わらない。
互いにフィードバックしあって、今の私とコーチの関係がある。

ほめ言葉の洪水の中で、時々「進化ポイント」を伝えあう。
これは仕事にも、夫との関係にも応用できそうだ。

勉強=失敗の数を競うエクストリームスポーツ

英語の勉強というフィールドでは、失敗(間違い)をすればするほど、理解が深まる。その後のエラーが減る。
だから私は、英語の勉強を、間違いの数を競うスポーツなんだと思うことにした。

勉強している時に、いつも思い出す記憶がある。

今の仕事をはじめたばかりの頃、仲のいいお客さんが、私に新しい仕事を紹介してくれた。
その仕事の担当者は、フィリピン人女性だった。
日本に来て間もないので、日本語がまったくしゃべれないという。

初めての会議の日、わたしはたった一言しか英語を発することができなかった。
「変なことを言ったらどうしよう」。失敗するのが怖かった。
英語が話せる同僚がいたので、会議はうまくいった。
だけど、私の心の中には、みじめな気持ちが残った。

次のチャンスが来たら、せめて「この人は英語がうまくないけど、一生懸命私に何か伝えようとしてくれてるな」と思ってもらえる人でありたい。

いつか来るその日のために、今のうちにたくさん失敗しておこう。
人生最多の「失敗の勲章」をぶら下げて、その日を迎える。
きっとその日には、「伝わりますので全然OKです~」という、記憶の中の明るいコーチの声が、私の背中を押してくれると思う。


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