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第二章 退園、そして転園へ

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登園拒否を乗り越えて、園へ行けるようになるが新型コロナで状況は変わる。日々揺れ動く親の思い。新たな園との出会い。人生何があるか分かんないもんですね。
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凸凹事件簿「幼稚園やめてもよかですか?」の巻

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「たまに思い出すと胸がホカホカするんだよ、このクラスは!」の巻

小学校5年と6年の担任がタオカ先生だった。 お兄さんでもなく、おじさんでもなかった。年は三十代だったと思う。子どもから見た大人の年齢てホント分かんない…たぶん既婚者だったと思う。 髪はツンツンして、ジーパンをいつも履いてて、短足を自虐ネタにしていた。 この時のクラスは男子も女子も仲が良いと言うよりも、男子も女子も垣根がなかったなぁと思う。 その理由はおそらく男女が一緒になって楽しめるコトがいっぱいあったからだろう。 『がいせん』という遊びをご存知だろうか。 説明しよう!『