【短編小説】逆ナンのすゝめ 第7話
第7話
沙都子さんの家を出たのは夕方になる前だった。向かう時に通った果樹園の隣の道を、今度は逆にたどる。
振り返ると、門の前に佇む沙都子さんが手を振っているのが見えた。ちはると共に手を振り返す。
「ありがとうございました」
駅までの道を半分くらい歩いた時、ちはるがそう言って立ち止まった。
「おかげで助かりました。わたしの無理なお願いを聞いて下さって、本当にありがとうございます」
深々と頭を下げる。俺は手を振った。
「いや、お礼を言いたいのはこっちだよ。すごく楽しかったし」
「そう言って頂けると……」
ちはるが続きの言葉を探すように俺を見上げた。そしてもう一度深く頭を下げる。
「このまま真っ直ぐ行くとさっきの駅です。ごめんなさい、わたしはこの後、ちょっと行かなければいけないところがあって」
そう言った彼女の視線の先にバス停が見えた。駅へ続く古くて細い道を、新しくて広い道路が横切っている。
「これ、今日のお礼です」
ちはるが鞄から封筒を出して俺に差し出した。ここでお別れ。恋人ごっこはおしまい。
詳しいことは聞かないし、名残惜しくてもしつこくつきまとったりしない。それがプロのナンパ師の信条だ。
「これからどこに行くの?」
そのはずなのに、俺の口からそんな言葉がぽろりとこぼれた。ちはるが一瞬、口を噤む。
「お墓参りです」
ちはるが呟いた。俺は、なんとなくその答えを知っていたような気がした。
「俺も、一緒に行っていいかな?」
ちはるは目を丸くし、思案するようにじっと唇を噛む。俺は自分を指した。
「偽の恋人としてじゃなくて、きみの新しい友人として」
固く結ばれたちはるの唇が、なにかを問いかけた。それが言葉になる前に、俺は頷いてみせた。
「それだったら、いいかな?」
遠慮がちに尋ねると、ちはるは
「はい」
と、言って目を細めた。
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