【短編小説】いのちのまつり 第2話
第2話
うわっ。蒸し暑い。
歩きにくいったらない。道がないんですけど。当たり前か。人がいないんだもん。
それより虫がいっぱいいる。あたし、虫なんか怖くないけど、それでも気持ち悪いよ。だって、超デカいんだもん。
それにしても、男の人はひょいひょい歩く。あたし、遅れないようについていく。
「そこ」
男の人が突然立ち止まって指を差した。
「ネズミの巣があるだろう?」
思わず二度見。ペットショップで売ってるような可愛いやつじゃなくて、マジのネズミ。うえっ、気持ち悪い。
「うん……見えるけど」
「赤んぼうのネズミが五匹いるのがわかる?」
「えっ? あ、わかった。すんごい小さい。五匹? そんなにいる?」
お母さんネズミのお腹の下。おっぱい飲んでるのかな。近づいてよく見ると、確かに何匹もいた。
「右から二番目のネズミが、君のご先祖」
「えっ、ウソでしょ」
「本当だよ。正真正銘、きみと血がつながってる」
言われてみると、さっきまで気持ち悪いと思ってたネズミが、なんだか可愛く見えてきた。てか、赤ちゃんって別格で可愛いよね。
あたしのご先祖、必死でおっぱいにかぶりついてる。よく見ると、他のきょうだいよりちょっと大きくない? 食い意地張ってんなー。
お母さんネズミが身動きした拍子に、あたしのご先祖ネズミの隣にいた、ちっちゃな仔ネズミが離れちゃった。
「ほら、そっちじゃないよ」
まだ目が開いてない。お母さんを探してるんだろうけど、反対に巣のはじっこの方へ向かっちゃってる。
「ねえ、あの赤ちゃん、落ちちゃうよ」
「ああ、そうだな」
そっけない。なんかこの男の人、見かけよりあんま優しくないかも。
「戻してあげないと、このままじゃ、ホラ」
言ってるうちに、本当にネズミは落ちてしまった。地面に横たわり、弱々しく手足をばたばたしてる。
「あーどうしよう。早くお母さんネズミが気づいてくれないかな」
「あの仔ネズミはもうすぐ食われる」
鳥が飛んできて、仔ネズミをぱくりとくわえた。
「きゃあ!」
見てられない! 残酷!
「かわいそう。食べられちゃった」
「仕方がない。それで言えば、あの五匹の中で、次の世代を残すまで生き残れるのはきみの先祖のネズミだけだ」
「えっ、そうなの!?」
「他はみんな食われて死んだ」
「そんなあ」
「仕方がない。自然の摂理だ」
わかってるよ。食物連鎖って言うんでしょ。
小さくて弱い動物ほど、すぐに食われて死んじゃう。だからその代わりに、ものすごいたくさんの子供を生むんだよね。
「そうだ。その数からすると、成長して次の世代を生むまで生き残れる確率はとても低い」
「せっかく生まれたのに……そんなのかわいそう」
「むしろ、きみの先祖のように何千万年も命をつなげる方が珍しい」
あたしはもう一度、ご先祖さまのネズミに目をやった。
お腹いっぱいになったのか、おっぱいから離れたネズミは、小さな口を精いっぱい開けて鳴いてる。まるで、あたしになにか言おうとしているみたい。
見ているうちに苦しくなって、目をそらした。
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