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【連載小説】「緑にゆれる」Vol.65 第七章


 慣れないテントを組み立てるのに、カケルさんは少々手間取った。薄暗い浜辺で、圭も手伝った。
 鉄のくいでテントの四つはしを止めて、テントは完成した。海から吹く夜の風がテントをふくらませて、時々ぼわぼわと左右にゆらす。
 小さなバーベキューセットを組み立てて、カケルさんがライターで炭に火をつけた。圭のおなかは、ぐぅ、と鳴った。
 焼けるまで、これをいただこう、と言って、カケルさんは蔵之助さんの奥さんからもらったおにぎりを取り出した。

「大きいおにぎりだなぁ」

 おにぎりは、両手で持ってちょうどいいぐらいだった。圭は、おじぎをした時そろえられた、奥さんの長くて大きい手を思い浮かべた。あの大きくてきれいな手が、これを握ってくれたのだ。

 カケルさんは、一度おにぎりを手にまじまじと眺めてから、ラップをめくってかじりついた。圭も、ラップをそっと外してかじりついた。

「おいしい」

 今日一日で、とてもたくさん歩いたのだ。足はくたくた、おなかはぺこぺこだった。つややかなお米に、ほんのりふってある塩の味が食欲をそそる。しばらく食べていると、あ、鮭、とカケルさんが言った。圭が追いつくように、二、三口かぶりつくと、昆布が出てきた。

 バーベキューの小さな丸い網の上で、ソーセージがこんがり焼けてきた。ウニは割って網の上にのせてある。だいだい色の身から、じゅくじゅくと泡が立っている。

「いい感じだ」

 カケルさんが、トングでソーセージやピーマンをひっくり返しながら言った。

「おにぎりあと一つ、中身何だと思う?」

 カケルさんが言うので、圭はすかさず、梅! と答えた。いや、おかかだろ。カケルさんがあまりに自信満々で言い切るので、圭は、ゼッタイ梅だよ、かけてもいい、と言った。じゃあ、当たった方が、残りの一個をもらう。カケルさんの提案に、圭は一瞬ひるんだが、いいよ、と言った。どうしても、当てたい。二つ目もぺろりと食べられるくらい、おなかが空いていたのだ。
 カケルさんが、そっとおにぎりを割ると、中から赤い梅干しが出てきた。

「やったぁ! もらい‼」

 圭は、ガッツポーズを空にあげた。薄紫の空は、やがて群青になり、一番星が輝いている。カケルさんは、あ~あ、と言ってガクッと首をたれると、半分に割ったおにぎりをラップに包んで握り直して、少し乱暴に圭の手の平に、ぐい、と押しつけた。
 ちょっとかわいそうになり、圭は、おにぎりを三分の一くらいと少し梅をちぎってのせて、カケルさんに分けてあげた。
 カケルさんは、サンキュ、と言って、二、三口でおにぎりを食べきると、焼けたソーセージとピーマンを、そして半分に割られたウニを、バーベキューセットのプラスチックのお皿にのせた。そして、ハイ、と圭に向かって差し出した。ピーマンは、あまり好きじゃないのだけど、最初に食べたら、口の中で汁がはじけてすごくおいしかった。ソーセージは、皮がパリッとしていた。
 さて、ウニ。圭は、だいだい色の身を、そっとつついた。初めて食べる。隣で、カケルさんは迷わずウニを口に入れた。

「うまいっ」

 それを見て、圭もおそるおそる、だいだい色のトロッとした身を口に入れてみた。何これー! おいしい。ウニの身は、口の中でとろけてなくなって、ほんのりした甘みをその舌に残した。

「昔、こういうのに憧れたなぁ」
 ふいに、カケルさんがソーセージをほおばりながら言った。

「家族でキャンプ、とかいうのに」

 かすかな炭の灯りと、ランタンに、カケルさんの横顔が照らされている。笑っているのに寂しそうに見えて、圭は、何とも言えないしんとした気持ちになった。まるで、カケルさんが、自分と同じ位置に立っているような、肩を抱いてあげたいような。何だか、変だけど。

 家族でキャンプ。圭は、夕暮れ時に訪ねた蔵之助さんの家を思い浮かべた。
「カケルさんは、結婚しないの?」

 家族が欲しい、と思うなら、かなえられる年なのに。
 カケルさんは、火を見つめたまま言った。

「してたんだ。前に」
「へ?」

 驚いた。しかも間抜けな声が出てしまった。すると、カケルさんはゆっくりと圭の方を見てから、口元だけで笑った。


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