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「視力10.0」

かつて視力10.0の存在を語った時、それはただのジョークだった。それが私、神谷の特別な能力となったのは、その数年後のことだ。

「視力10.0」とは、一般的な最高視力2.0の5倍。私には極めて微細な詳細まで見え、一般人では見えないものが見えた。彼らが見過ごす表情の揺らぎ、虫の繊細な翼の模様、遠くの星々の輝き。これらすべてが私の世界を彩った。

だが、同時に視力10.0は孤独でもあった。他人には分からない美しさを感じ、他人には見えないものに出会う度に、私は孤独を感じてしまった。

それでも私は、この能力を大切にしていた。私だけの秘密、特別な存在感だったからだ。

ある日、私は不思議な少女、菜々美と出会った。彼女は独特なオーラを持っていた。私が話し始めると彼女はいつもニコッと微笑み、私の言葉に耳を傾けてくれた。

私は彼女にだけは、私の秘密を打ち明けることにした。「菜々美、実は僕、視力が10.0なんだ。」

彼女は私をじっと見つめた。その瞳は深く、愛おしくもあった。すると、彼女は意外なことを言った。

「私も、神谷くん。でも、視力ではなく、聴力が10.0なんだ。」

驚く私。聴力10.0。その存在を知らなかった。彼女は続けた。

「風のささやき、花びらが地面に触れる音、遠くの鳥の歌。それらすべてが私の世界を彩っているよ。だから神谷くんが言ってること、とても理解できる。」

私たちはその日、手をつないだ。彼女の声と私の視界が調和する瞬間、私たちは特別であることの寂しさを共有し、互いの存在を深く理解した。

だが、視力10.0の私にも見えなかったことがあった。それは、菜々美が進行性の病に侵されていたという事実だ。彼女の身体は日に日に衰えていく。

「神谷くん、怖いよ。すべてが聞こえなくなるのが。でも、最後まで君の声が聞こえるといいな。」

菜々美の声は震えていた。私は彼女を強く抱きしめた。そして決意した。

「大丈夫だよ、菜々美。もし何も聞こえなくなったら、僕の視界を頼って。僕の視力が君の聴力になる。」

彼女の微笑みが最後の返答だった。次の日、彼女は永遠に眠りについた。

私は彼女を失い、悲しみに打ちのめされた。だが、彼女との約束を守るために、私は物語を書き始めた。自分の視力10.0を活かして、彼女に代わって世界を感じる物語を。

その物語は世界中で読まれ、感動の波を呼び起こした。人々は私の視界を通じて新たな世界を体験し、感動していった。

「見えないものを見る」視力10.0の私に、菜々美は「聴こえない声を聞く」勇気を与えてくれた。そして私はその勇気を、全世界に伝えることができた。

私は彼女を失った悲しみにも、一人でいる孤独にも打ち勝つことができた。なぜなら、私たちは「特別」ではなく、「普通」の人々が理解できないだけの世界を共有していたからだ。そして、私たちは一緒にいることで、その世界を誰にでも理解できるようにする力を手に入れた。

視力10.0という特別な能力が、彼女との出会いと、そして彼女との別れを通じて、一つの使命へと変わった。その使命は、見えないものを見せ、聞こえない声を聞かせること。視力10.0が私に与えた真の価値は、まさにそれだった。

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