第6話「猫舌とケチャップ」
「っ!パンの、良い匂いする!」
(アオ兄が当番の日は、パン率高いよなぁ〜)と、
直近の朝食を、ぼんやり思い出しながら。1階キッチン横の、食卓の椅子に腰掛けた。
だけど…
…「あれ?」
”アオバ様特製の朝食”はテーブルに並んでいるが。
ついさっき朝食に呼んだ、”アオバ様”本人の姿は、どこにもなかった。
「アオ兄は食べないのー?」
どこにいるかも分からないが、そう広くない家だ、少し大きめの声で呼びかけてみる。
「昨日、街で頼まれた仕事、朝食前に終わらせとこうかと思ってさ!先食べちゃってて〜!」
そう返事が聞こえたのは、さっきまで自分が訓練していた庭の方からで。
「はいよ〜。」
そう、返事をしつつも…。
…こっそりテーブルから離れ。
庭に面した小窓から…身を乗り出して、庭を覗いてみた。
大して大きくない庭の中央、唯一ドカンと生える1本の木のそば。
木に向き合うようにして、アオ兄が立っているのが見えた。
そしてゆっくりと…
…アオ兄は、右腕の半袖を肩までまくっていく。
そして、そのまま右腕を…木に向かって、真っ直ぐに突き出す。
手のひらは地面に向けられる形となり。
袖がまくられ、あらわになった右肩下…つまり上腕付近。
右の上腕が太陽にさらされて、その日光で輝き始め…
…”チカラ”が、”発現”する。
「勅令(ちょくれい)するーーリュウマ、分け与えよ」
アオ兄の”勅令(ちょくれい)”を合図に。
アオ兄の周りが…”深緑色のモヤ”で、覆われていく。
兄”アオバ・オリーヴァー”のカラーズは、”深緑色”、なのだ。
そうして薄く張られた深緑のモヤの中。
上腕付近が、さらに光輝いていくのが見える。
そうして集まった光の塊の中…。より深い緑色に輝きだして…。
その輝きの中心から…
…あっという間に、手のひらサイズの、”深緑色のドラゴン”、が飛び出した。
「リュウマ、今日もよろしくね。」
アオ兄は、笑顔で声をかけ。
”リュウマ”と呼ばれた深緑色のドラゴンは、軽々と空中で一回転して見せた。
この”リュウマ”は、カラーズから具現化された、
通称、”溢れ出る色素ーーOVER COLORS(オーバーカラーズ)”と呼ばれる存在(モノ)。
だいたいは略称で、”OVER(オーバー)”と呼ばれている。
この、アオ兄の”オーバー”であるドラゴンのリュウマは、
空中を優雅に一回転した後…
すぐそばの大きな木に向け
「バオォ〜。」
と、自身の体色よりやや薄い緑色の炎を吐き出した。
リュウマの口から出た炎は、みるみるうちに大きな木全体を包み込む。
「すごい…綺麗だな。」
何度見ても、飽きずに同じ感想を抱いてしまう。
やっぱりアオ兄…発現者って、かっこいい。
俺に、そう何度も思わせてくれる緑色の炎は、数秒の後、
何事もなかったかのように消えていった。
木に効果が現れるのは、もう少し後なのだが、
「うん!今日もかんっぺき!リュウマ、ありがとね。」
アオ兄は、上手くいったと確信しているみたいだ。
手のひらに戻ってきたリュウマの頭を、嬉しそうに撫で。
リュウマも、満足げに
「バオッ。」
と一声鳴き。
現れた時と同じように、空中を泳いで、そのまま空へと溶けて消えていった。
「さてっと..。
…あれ?また見てたのかぁ〜。」
げっ。目が…合ってしまった。
「ま、まぁね…。」
ほんの30分前、
『アオ兄の力は借りない!』
…なんて。
ちょっとクールな弟を演出したのに…。
こっそり見ていたことも取り繕えず。
バツの悪い表情の俺に、
「先に食べてて良かったのに。
待っててくれたの?ヨウは優しいなぁ〜。
ふふふ、何だかんだ俺のこと、大好きだもんね。」
アオ兄は、得意のニンマリ顔で。
容赦なく畳み掛けてくる。
「あ!それとも...。
アオバ様の超一流で華麗すぎる技から、チカラの発現に関するヒントを得ようと...?」
今度は大げさな素振りで腕を組み、真面目な表情で考える仕草をする。
…もはや本気なのか、茶化しているのか…。
お茶目すぎる兄の本心は、俺には分からなかったが
「…そうだな。うん、分かった。
…アオ兄の分まで、パン、食べたら。
なんかちょっと、発現できる気がしてきたな!うん。いっただっきまーす!」
ひとまず思いついた反撃のセリフを吐き。
庭を覗いていた小窓から、颯爽と身を引っ込めた。
「ちょ!冗談言い過ぎた!ごめんって〜!」
(…やっぱり!冗談だったのかよ!)
と、心の中でツッコミ。
その少し焦った情けない声には、返事をすることなく。
すぐに1人で食卓の椅子に座った。
「...今度こそキツめに、だもんな!」
今朝、イジワルされた時の決意を思い出し。
戻ってくるアオ兄を待つことなく、美味しそうなパンへと手を伸ばした。
ーーー【黒の再来】まで、あと10時間と10分ーーー
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