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【短編小説】大切にしたいもの1

【大切にしたいもの】
第一話


金魚が死んだ

長いこと大事に飼っていた
金魚が死んだ


だけど厳密に言うと
俺のじゃない

彼女が飼っていた金魚が死んだ


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「どれにするの」

「うーん...こっちも可愛いし
でも、こっちのも珍しいし...」

「もう、全部かえよ」

「いや、あの水槽じゃ
こんなにも飼えないよ」


真剣な眼差しでペットショップの水槽を眺める彼女
もうかれこれ何十分も
水槽の前を右へ左へと歩き回り
どの魚にするか迷っている


誕生日のプレゼントに
両親からプレゼントされた水槽に入れる魚を
今日は選びにきたのだ


「これは?このラミーノーズなんか
〇〇好きそう」

「うーん...それかぁ...
それもいいけど...う〜ん...」

テトラ、グッピー、コリドラスに
オトシンクルス、パファー

統一性のない
"可愛い"の基準だけで
選ばれる熱帯魚達


興味の少ない俺からしたら
どれでも同じに感じるけれど
彼女は一世一代の買い物のように
真剣に悩み
この買い物の終わりが見えない


「う〜ん、よし!やめた!
今日はやめとく!悩んだらやめる!」

さんっざん悩んだあげく
今度は買うのをやめると言い出す


「なんで?もう、水槽も全部
準備してきたじゃん」

俺は思わず半身が崩れ落ちそうに
なりながら彼女にそう言った


彼女はもう半月以上前から
水槽に砂を入れ水を入れ
"環境を整えておくんだ"と
得意げに準備を進めてきた

今日こそは魚をゲットして
あの水槽に新しい住人を迎え入れようと
張り切っていたのに...
いたのにやっぱりやめると言う


「よし、分かった。
じゃあ俺が決める!
あの水槽に入れるのはぁ...」
そう言って熱帯魚の水槽を
指さそうとした瞬間に


「金魚!」


と、今日1番の大声で
彼女の声が言葉を発し
同時に彼女の指は
真っ直ぐに金魚の水槽を指さしていた


「金魚!?」


ヒーターもいれて
濾過装置もグレードアップして
こだわりにこだわってきたくせに
ここにきて
まるで基本に戻るかのように
金魚を飼うと言う


「ねー、分かんないけど
熱帯魚にしないの?
なんで金魚?」 


店員を呼び
"あの子欲しいです"
と話しこんでいる〇〇に
横から話しかけても
もうすでにこっちを見もしない


"夢中になる"とは
まさにこのことだろう


帰り道の車の中は
ここ最近では1番のご機嫌で
その酸素でパンパンに膨らんだ袋を
大事そうにひざの上で抱えている


「帰ったらーまずはー
温度合わせてー
あ、入れる前にもっかいレイアウトかえてー」

話しかけられているのか
独り言か分からないカイワ


「今晩、飯なに?」

そう聞くと


"え?"と驚いたよう顔をあげる〇〇


そうですよね
そのご様子では
今夜の飯のことなんか
考えられないですよね

俺はすぐさま頷き
「オーライ今夜は寿司だ」と言うと
「魚はイヤ!」
と、ノールックで答える〇〇


俺はいつから
こんなに振り回される男になったんだ?


(つづく)
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"俺"と"彼女"のささいな日常
彼女の名前はない
だから〇〇

あなたとあなたの好きな人の
小さな妄想

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