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【短編小説】大切にしたいもの3(完結)

小さな容器にうつされた
金ちゃんを膝の上に抱え
俺の運転で走る車の中は
ここ最近で1番沈み込んでいる


"キレイな川に流してあげたい"


そう言った〇〇の気持ちに答えるべく
夜の闇に紛れて車を走らせる俺


普段滅多に一緒に出かけることはないけれど
今夜は闇夜に紛れて
近くの河辺と降り立った


チロチロと流れる水音
色んな音色の虫の声
蒸し暑さを吹き流す
河原の風


小さな容器を
最初よりも大事に抱えながら
歩いて行く〇〇

あまりの落ち込み様に
かける言葉が見つからないけれど
あとをついていく


「足もと気をつけろよ」と
声を掛ければ
振り返りはしないけれど
コクンと頷いている


流れの穏やかなその川の
端の端にしゃがみこみ
そっと容器の中の
金魚を水に浸し
川の流れに解き放つ


「ありがと...金ちゃん
もう苦しくないよ
自由に好きなとこに行ってね...」


そう小さく呟き手を合わせる〇〇の
震える肩を抱き寄せると
何度も頷きながら
謝っている


「謝るなよ、もう
きっと〇〇の笑顔を
みたいはずだよ

金ちゃん
〇〇がいない日を選んだんだよ

お前には
1番大事な人には
最期は見せたくなかったんだよ」


そう言うと
今度は声を上げて泣き出す〇〇を
ぐっと抱きしめ
呼吸が落ち着くまで
背中をさすってやる


遠くで聞こえる踏切の音
力の限りに伸びる草木の匂い
山の方には広がる天の川

今夜星になる金ちゃんを
〇〇と2人で見送った...


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「う〜ん...こうすれば」

「ほら、おさえててやるから」

「センキュー!
あ、ほら、完成!」


あれから日は流れ
今ではあの頃よりさらに水槽も
増えている


「こんなに飼ってどうするの?」


"どうするとは?
どうもしないけど?"と
またいつもの調子で見つめ返す〇〇


一見するともう金ちゃんのことなんか
忘れたかのように過ごしている〇〇

だけど俺は知っている


〇〇があれから
より水を換えるようになったこと
時々ふとあの水槽の中を
見つめている事

あの川の近くを通る時
親指をグッと握り締める事


生き物を飼う

命を預かり
喜びをいただく幸せ


〇〇と暮らすようになり
俺にまた増えた
小さな責任


その小さな金魚の幸せも
そしてそれを
愛してやまない〇〇も

俺がずっとずっと守っていきたい


本当に大切なものを
本当に大切にする
そうやって俺は、生きて行く




金ちゃん

どうか天国からも
〇〇のこと
見守ってやってくれよな


-End-

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#俺と彼女のささいな日常
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