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【小説】これが元祖ユートピア!〜『ユートピア』#5

「ユートピア」(トマス・モア/平井正穂 訳,岩波文庫,1957年)は、イギリスの法律家、人文学者のトマス・モア(1478~1535)が1516年に、理想の国ユートピアについて描いた小説です。

この小説のタイトルのユートピア(Utopia)は、「どこにもない国」(ギリシア語の「οὐ(not)」と「τόπος(place)」という意味のトマス・モアの造語です。
ユートピアという言葉は、今では一般的にも使われていますし、対義語のディストピアという言葉も生まれ、SFの一ジャンルとなっています。

そういった意味で本書『ユートピア』が源流となり、様々なSF小説が生まれていますが、そもそも本書はSFではないので、SF好きでも意外と読んだことがある人は多くはないのではないでしょうか。

ユートピアが執筆されたのは、1510年代ですが、時代を先取りしているモアの思想について驚かされる作品です。

本書の内容は、理想の国とされるユートピアについて、旅人のヒスロディがその社会制度や風俗を語るというものです。理想の国ユートピアを語ることで、現実のイギリスと対比して、現状批判をすると言った構造で描かれています。

当時のイギリスの状況としては、絶対王政の強化、宗教改革(なお、トマス・モアは国王の離婚を批判した事により処刑されてしまいました。「ユートピア」の中でも離婚については、厳しい態度です)や、囲い込み運動(トマス・モアは「ユートピア」の中で、「羊が人間を食べている」と批判しています)といったことが起こっていました。

それと対比するように、ユートピアの社会制度としては、共和主義的な政治体制(選挙による市長の選出)、信教の自由などがあげられていれます。特に注目すべきは、社会主義、共産主義的な思想です。

私はユートピアの、つまり、すくない法律で万事が旨く円滑に運んでいる、したがって徳というものが非常に重んじられている国、しかもすべてのものが共有であるからあらゆる人が皆、あらゆる物を豊富にもっている(中略)ことを深く考えさせられるのです。(中略)プラトンの慧眼はよく、あらゆるものが平等に確立されたら、それこそ一般大衆の幸福への唯一の道であることをみぬいていたのです。(中略)私有財産権が追放されない限り、ものの平等かつ公平な分配は行われがたく、完全な幸福もわれわれの間に確立しがたい、ということを私は深く信じて疑いません。

トマス・モア/平井正穂訳『ユートピア』岩波文庫,1957年,p61-63

「ユートピア」は1516年の本ですが、イギリス社会主義の父と呼ばれている社会主義思想の先駆け的な存在のロバート・オーウェンが台頭したのは1800年代前半ですので、いかに先進的な考えだったのかわかります。

しかも、社会主義的な考えについても、空想的なものではなく、どのようにすれば実現するのかということをトマス・モアが真剣に考えていたように思えます。
例えば、私有財産の廃止(財産の共有)について、作品中でも、そのようなことをするとみんな働かなくなるのではという指摘もあります。この指摘はまさに共産主義国家がたちゆかなくなった原因なのですが、ユートピアの中では、女性の労働(当時は女性は家事、男性が仕事と言った性別役割分業がありました)、徹底した労働管理などで解決を図っているような記載があります。

また、戦争に関してもユートピアでは、市民は戦争に参加せず、傭兵を雇って戦うという冷徹な考えを持っています。
これがユートピア(理想郷)なのかという気もしますが、空想上の理想郷ではなく、トマス・モアの実現可能な現実世界の目標としてのユートピアを描こうという気概があったのではないでしょうか。

なお、この本は物語としての面白さよりもあの時代でモアが考えた理想の先進性(現代でも十分通じる考え)や、ユートピアの原典、当時のイギリスの状況といった歴史的見方で読んだ方がいいのかもしれません。
(やはり、この時代だからこその先進性という時代を考慮して読まないと、本書の正しい評価は難しいと思うのですが、そうなってくるとイギリスの歴史を勉強する必要があり、海外の古典を読む難しさを感じます。。。)

ただ、やはり、SFの中でもディストピアといったジャンルは、人気となっている現在において、大元のユートピアを読むといったことには、大きな意味があるのではないでしょうか。


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