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【創作大賞2024 恋愛小説部門応募作品】好きになったらダメなのですか?#21

21:耳を塞ぐ

目にも止まらぬ速さ、というのはこういう事を言うのか。
何時の間にか慶史が課長の胸ぐらを掴んで、鼻息荒くしている。
殴りかかるのではないかと気が気でないのに、本気で怒る慶史が怖くて声が出なかった。

「あんたが何でこんな処にいるんだよ!今まで姉貴に何して来た!この前も言ったよなぁ!姉貴の事、本気じゃねーんなら中途半端に優しくすんなって!!」

課長は食って掛かる慶史の腕を外させる。

「あの時にも言ったが俺は嬉子の事を中途半端にするつもりは無い。だから、今、」

と言った瞬間。
PPPP、と携帯の着信音が空気を読まずに鳴り響き、慶史がチノパンのポケットからスマホを取り出すが、自分では無い、と課長と私を見比べる。
私の着信音は黒電話なので、音が違う、と首を横に振り、課長を見れば携帯の画面を見て大きくため息を吐いていた。
切れる様子の無い着信に痺れを切らした課長は拒否ボタンを押してズボンのポケットに突っ込む。

「悪い、慶史君。今からお姉さんの誤解を解きたいんで、席を、」

PPPP……………。

そして、課長はまた鳴りだした携帯の画面を見て拒否ボタンを押すと、サイレントモードに切り替える。
しかし携帯のバイブレーションが止まる事はなく、課長は舌打ちをして渋々電話に出たが、後でかけ直す、と相手の返事も聞かずに通話を切った。

電話の相手は多分、金曜にラブホに一緒に行った女性。
こんな時って女の勘は当たるモノだ。
ハッキリ言って、もうゴタゴタは面倒。
脇谷に昇進の邪魔をされてから、いい思いをしていない。
疲れた。そっとしていて欲しい…。

「電話しないといけないんでしょ?ならもう帰って下さい。私は話す事なんてありません」

「嬉子!」

「帰って下さい!かえってよっ!」

咄嗟に耳を押さえ、何も聞こえない事をアピールすれば、慶史の顔色も変わる。

「帰れよ。姉貴はアンタと話す気は無いって言ってんだ」

ぎりぎりと睨みつける慶史にため息を吐き、課長はシャツのボタンを留めると、私の方に向き直った。

「今日は帰る。お前が話を聞く気になるまで待ちたいが、知ってる通り俺はそこまで気が長い方じゃねーから」

知ってるよな、と顔に書いて。
言いたい事も飲み込んでしまい、私が顔を背けると課長はそれ以上は何も言わずに寝室を出て、終始震えていた携帯をポケットから取り出すと、玄関を開け課長はアパートを後にした。

電話の相手は愛子なのだろうか。
そして、今からまた、会いに行くのか。

でも、これでいい、と必死に自分に言い聞かせて明日からは何時ものようにすれば、課長も何時かは諦めてくれるだろう。
ふぅ、とため息を吐いた処に服を投げつけられ、私は慌てて慶史の方を向いた。
まだ目が吊り上り、怒っている。

「ごめん。アンタがアルバム取りに来る事すっかり忘れてた。…あのね、昨日、元カレが急に現れて、その、…クスリ飲まされたの」

「はぁ!?嘘だろ!?」

「嘘なんてつかないわよ。…アンタだって使ったじゃない」

鼻で笑えば、流石に分が悪く慶史はふくれっ面で床を睨みつける。
笑ってしまいそうになるのを堪え、昨日、元カレが現れた時からの事を話した。
そして、課長が助けてくれた事も。
今回の行為は仕方がない事だ、と言い聞かせた。
いや、自分に、と言う方が正しいのかもしれない。


慶史はマスターと同棲をしているが今回のような事が続くかもしれない、と心配してくれ、一緒に暮らさないか、と提案して来た。
勿論、私と2人で、という事だ。
心強い申し出だが、2人を裂いてまで暮らす事は出来ない事を告げる。
暫く黙っていたが、『今度何かあった時は強制的に部屋を引き払う』とまで言われてしまった。

話し終わったのでシャワーを浴びに行くと、鏡に映った自分の躰に紅い華が咲いていた。
指でなぞると、課長がまだ私の肌を触っているように感じて、切なくなる。
終わらせようとしたのは私なのに、後悔しているのか。

『…これでよかったんだ。』

なるべくキスマークを見ないように私はシャワーを浴び、バスルームから出ると、既に慶史の姿は無かった。

「あ、課長と何時話をしたのか聞くの忘れた…」



ーーー
課長に会うのが怖い。
こんな感情を持ったのは始めてだった。
どんなに怒られても一度たりとて、そんな事を思った事ないのに。
人しれずため息を吐いて事務所のドアを開けると、既に出社して来ている課長が私に視線をむけたが、気づかない振りをしてデスクに向かった。

お茶を配ろうと席を立った処で支店長が課長を呼んだ。
そして、会議室へ2人で入って行く。
午前中は支店長と課長は、ずっと会議室に籠って話をしていたので幸い、顔を合わせる事なく済んだ。

だがしかし。

課長以外にも私を束縛しようとする人物がいるとは夢にも思っておらず…。

「鹿島さん…。私、ご飯食べたいんだけど」

「彼女の誕生日に式を挙げたいんだ!彼女の両親にも了解を得たんだが、彼女が喜びそうな式を考えてやりたいんだ!」

本当に、今までの押しの弱いキャラ何処にいった!と聞きたくなるくらいの勢いの彼に

「本人に聞け!聞けないんなら自分で考えろ!」

チョップを食らわせてやったのに、涙目になりながらも嬉しさを隠しきれない鹿島さん。
その上、トイレの中までついて来ようとする始末にキレた私は、トイレの前で彼を正座させ10分近く説教をしてやった。(勿論、こんなので懲りないけれども)

あれから課長は会議室に入ったっきり出て来る事はなく、その上、6時過ぎには支店長と食事に行ってくれた。

ナイス支店長!

鹿島さんも約束があるというので帰り、私は独りになれる時間が出来て安堵のため息を吐く事が出来たのは7時前の事だった。

「つ、疲れた…」

それから30分。
気合を入れて仕事をし、現在、チロルに噛みついて顔をふやけさせている。
そして、コーヒーを口に流し込むとまた違った味に思いっきり肩の力を抜いた。

今日の処はここら辺で止めて、明日は備品のチェックをして補充もしておかなければ。
コーヒーを飲み上げようとした時、カチャッとドアが開く音がして入り口の方に目をやれば、愛子が其処に居た。

「あれ〜?嬉子さんひとりなんですかぁ〜?愛、今からご飯なんです〜。ご一緒しましょ♪お話ししたい事もあるし〜」

「え?私は無いって、おい!アンタ!その躰の何処にそんな力があるんだ!」

私は愛子に問答無用、とばかりに彼女の車に乗せられ、ファミレスに拉致された。


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