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【創作大賞2024 恋愛小説部門応募作品】好きになったらダメなのですか?#22

22:豹変する女

ピンクのグロスが綺麗に塗られたふっくら柔らかそうな唇が軽く突き出され、少しだけ首を傾げれば、愛子の可愛らしいその仕草に、通り過ぎるおじ様や斜め前の男も振り返ってまで愛子を見ている。
そして、私は“若さに嫉妬するおばさん”に見られている様で苛々ピークに達していた。

「…っで?何か用なの?私、アンタに構っているほど暇じゃないんだけど」

「嬉子さんってば最近、愛に冷たくないですか〜?愛、すっごく寂しいです〜」

その言葉に、殺すぞお前、と地声で言いそうになった。
ぐっと言葉を飲み込めた、という事は大人になったという証拠なのだろうか。

「あのですね〜、愛、好きな人が居て∼」

首を傾げたまま頬を赤らめる愛子に

「課長でしょ」

とコーヒーを口に運びながらつっけんどんに返事を返した。
一言文句を言ってやろう、とコーヒーカップを置いた処で

「え〜?違いますよ〜。愛の~好きな人は野上誠一郎君でぇ〜すぅ〜!」

頬を染めてスマホのフォルダーを開いて見せて来た。
そこには何百もの誠一郎の姿。

「え!?でも、だって、愛ちゃん、課長に告って、」

「え!?やだ〜、嬉子さんアレ・・見ちゃったんですか〜?実は、誠一郎君に告白する前に課長で練習したんです〜」

悪びれた様子も無い彼女はぺロ★と可愛らしく舌を出して、コツン、と自分に拳骨した。

『…何だろう、この生物…。』

遠い目になっていると、愛子は改まって深々と頭を下げた。

「嬉子さん。あの時は、脇谷ワッキーに便乗して嫌がらせして、本当にごめんなさい。それと、嬉子さんの前だけ地で行きます」

と宣言されてしまい、目を丸くした。
髪の毛くるくるさせたりするのも、上目使いするのも、口を尖らせるのも全て演技。
愛子の役者ぶりに舌を巻いた。

「あの日の2〜3日前、誠一郎君の好きな人が嬉子さんだって知ったんです。嬉子さんが課長一筋って分かってても、何だか悔しくって…。だって、皆、私の周り、皆、嬉子さんが好きだし、あわよくば、なんて思ってるんですもの。…私がどんなに頑張っても、嬉子さんには追いつけなくって…。だから、自分の事も名前で呼んでキャラ作って全面的に可愛さアピールして」

「おいおい、そこは分かってんのかよって、私の周りって誰よ」

「支店長除いて皆です」

「い、いや、おかしいでしょ。皆、私の事嫌ってるのに」

「知らぬは本人ばかりなり、ですね」

「仰っている意味が分かりませんが、愛子さん。おちょくってるんですか?貴女」

「知らぬが仏って言う言葉もありますから。これ以上は私の口からは申し上げられません」

「な、何か蛇の生殺し状態なんですけど、私…」

「だから、告白の練習させて貰ったお詫びに鹿島さんが嬉子さん狙っている事と、先日の合コンの情報を課長に流しておいてあげたんです」

「え?じゃあ、あの合コンを知ってたのはそういう事だったんだ。あ、んと、…その、ありがとう」

「うふふ、嬉しい。嬉子さんにお礼言われるなんて」

本当に嬉しそうに笑う愛子。
そんな顔をする人間が、あんな事する?

「…じゃぁ、金曜の相手は、愛ちゃんじゃない…。ね、“なりすまし”って知ってる?」

「SNSですか?」

「んー、」

曖昧な返事を返しておいたが、愛子の表情が変わる事も無い。
なりすまし自体知らないのかも…。
やはり、あの“なりすまし”も愛子では無い、という事になる。
なれば、脇谷?

「大人げない事してごめんなさい」

「こちらこそ、大人げなかったです。ごめんなさい」

愛子に習い深々と頭を下げれば、これでお相子ですね、と安堵した声が返ってきた。
その途端、いっきに鳴り出した2人の腹の虫に思わず笑ってしまった。

愛子の豹変ぶりには参ったが、今迄の誤解を解く様に私達は話し合ったが、私自身、男っぽい性格で良かった、と思う。
誠一郎に恋した切っ掛けや、追っかけしてまで見に行くモデルの撮影現場の話まで教えてくれた。
流石にホテルに行った事や先日のキスの件は知らなかったので、ホッとしたが、女の恨みは怖いので慶史&誠一郎には口止めをしておかなければ。
課長の話になったが、何となく嫌で話を逸らしまくると、流石にそれ以上は聞いて来なかった。

女の話は長くなるもので、11時過ぎまでファミレスで話し込んだ。

「じゃぁ、また明日。送ってくれてありがとう」

「いえいえ。あ!今度、絶対に誠一郎君の上半身裸の写メ送って下さいよ!絶対、絶対ですよ!」

「そんなんだから未だ処女なんだよ。妄想だけで満足すんな」

「いやー!本物見たら鼻血ふくー!」

「アンタ、地を見せるの本当、禁止ね」

「や〜ん!嬉子さんのイジワルゥ〜!じゃ、おやすみでーす!」

手を振る愛子は、お世辞抜きで可愛いと思う。

私も手を振りかえして車のドアを閉め、愛子の車が角を曲がるまで見届けてからアパートの敷地内に入った。

うちの支店には愛子と私しか女はいないから、仲良くなれる、という事はとてもありがたい。
まぁ、愛子に関してはまだ警戒をしといた方がいいだろうが、結構、地を出して来たと思うので、心強い味方になってくれる事を期待したいが、しかし、あそこまでキャラを作ってたとは。
御見逸れした。
3年間、あのキャラで通して来た事も凄い。脱帽だ。
明日からの仕事が楽しくなりそうで、私はわくわくしながらポストを確認した。
ゴムで留められた郵便物を確認していく。
でも、2つしかないのにわざわざゴムで留めなくてもいいのに、と苦笑いしてしまう。

1つは母からだ。
電話だと愚痴れないものはこうやって手紙で送って来るのだが、今回は何だろう。

2つ目は友人。
この封筒の大きさといい手触りといい、これは結婚式の案内だ。
またひとり、嫁に行ってしまうのね、と項垂れる。
しかし、おめでたい話なので、週末でもお祝いの電話でもかけてやろう、とご機嫌で部屋に向かったが…。

部屋のドアを見て思わず

「ったく。誰だよ、本当に…。やる事が陰険なんだよ」

多量に貼られた紙に毒づく。
貼られていた紙は出前の伝票だった。
通販の次は出前か…。

伝票を引きはがして時間を確認すれば、全部、夜の9時前後。
愛子は私とずっと話していたし、スマホを触ったのは私に誠一郎の写真を見せた時だけ。
多分だが、愛子は除外して大丈夫だろう。

「なら、脇谷?」

鍵を開け部屋に入ると荷物を置き、紙を眺める。
どの紙にも『この様な迷惑行為はお止め下さい。次回された時は警察に訴えます』と。
1件辺り、5.000円程度だが、22件にも頼んでいる。

「ったく、迷惑してんのは私だよ。って言うか、これだけ貼り付けられてたら分かるだろーに」

下の階は3部屋のうち、一番奥が私が借りている部屋で、真ん中は去年から誰も借り手が無い。
入り口に近い部屋の方は初老の女性だが、旅行が趣味で月の半分は不在。
なので、やりたい放題、という訳か。

「やっぱり、ここは警察と慶史に連絡しといた方が。…あ、」

スマホをカバンから取り出した処で私は手を止めた。
元カレの事で慶史が神経をとがらせている処にこんな話をしたら、間違いなく明日にも部屋を解約されるだろう。

職場から少し遠いが、結構、静かな割にスーパーも近く、交通に不便しないここは私のお気に入りの場所。
ここを離れるのは嫌だ、と思うと一睡も出来ずに夜を明かしてしまった。


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