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【小説】醜いあひるの子 匠馬偏

   ~茂みの中の欲望①~
※未成年の飲酒シーンがありますが、推奨するものではありません。


出会いは入学式。

勉強は嫌いではない。
だからと言って、好きでも無く。
ただ、幼馴染の陵がこの高校を選んだから此処だったって訳。
後は最低限の出席日数だけ守れば良い。

式が終わり、陵と帰宅中目に入った日本人形の様な髪を一つ結びして歩いている子。

「あの子の髪、綺麗…」

声に出したつもりはなかったのに、いつのまにか声に出ていた。
それを聞いた陵は顔を上げ、前を見る。

「どれだ?…あの黒髪?あれ俺のクラスの屋嘉比だ。屋嘉比智風。入試1位なんだってよ」

「ふ~~~ん」

「あれ、絶対に虐めに遭ってたぜ。前髪で顔隠してさ、貞子みてーなの。それに全く口を開こうとしねーし。…あ、美夏さんからライン来たから俺行くわ。じゃぁな」

「ん」

美夏さんと言うのは陵のセフレ。
ま、そんな事はどうでもいいのだが。

陵に他の護衛がついたのを見届けると暇つぶしに本屋に立ち寄る。
と、少し前に例の“屋嘉比智風”さんとやらが参考書コーナーに向かって行くのが見えた。

可愛いはずの制服が何となくおばさんぽく見えるのは、スカートの長さか。
今でもこんな子が居るんだ、とある意味、感心してしまう。
うちの女子の制服は躰のラインが出る作りになっている。
身長が高く、すこぶるスタイルが良い。

何気について行くと智風の横からの姿を見て、陵が言っていた“貞子”に納得。
隠し過ぎだろ、と心で呟いていた。
だが、一目でわかる特盛の胸。
こちらにも感心した。(更に形が良いとか犯罪級)

すると智風がつま先立ちし、参考書と取ろうとしていた。
しかし、指先がほんの少し触る程度で、取れずに困っている。
ほんの出来心、というか面白半分に近づき、参考書を取ると

「これでいいの?」

声を掛けていた。

「えっと、屋嘉比さんだよね?」

ほんの少しだけでも話が出来るかな…、と淡い期待を持っていたのだが

「ひっ!」

智風は身を縮め、一言、そう言い残して脱兎の如く逃げて行った。

“何…あれ…”

すると、そこを通り掛かった数人のクラスの男子が寄って来て

「あれ、屋嘉比じゃん。何、鮎川声掛けたの?」

「本当、タラシだなー」

「でも、あいつの胸すっげーよな」

ゲラゲラと笑い出した。
彼等と他愛の無い話をしながらも、チラついた彼女の驚きっぷり。

何となく“屋嘉比智風”と言う存在が印象付いた日だった。

次の日から授業が終わると、隣の陵&智風の教室に向かった。
陵も呆れていたが昼飯もそっちに行って食べる様にして『あ、今日もちゃんと来てるな』とか『今日もおにぎりだけか』と観察するのが日課になった。
陵が言っていた通り、誰とも話さないし、誰も近寄らない。
たまに髪の覗く瓶底眼鏡と白い肌。
顔を見てみたい、という欲求は日に日に増すばかり。
本当は話して彼女を知りたい。
だが、苛められていた子はまた苛められる事を怖がる。
自分が話しかけてまた虐めに遭うような事になるのは避けたかった。



ーーーそれから月日は流れ、12月の事。
親の仕事を徹夜で手伝い寝不足な処に女に呼び出され一晩中SEX。
久し振りにマジで疲れた。
“学校には行け”と母親に追い出され渋々学校に来たのは良いが、眠くて仕方がない。
“最近不眠なんです”とか言って寝かせて貰おう、と保健室に向かえば、先生は不在。

「ま、いっか」

そう言ってベッドに横になろうとして気付いた。
校庭側にあるベッドに誰か寝ている。
下を向けば“屋嘉比”と書いた上履き。

好奇心。

静かにカーテンを開ければ真っ青な顔で眠る智風の姿。
前髪が分かれ、顔が露わになっていた。
寝るからメガネは外しているのは当たり前だが、顔が見れるとは思ってもいなかったので、感激で見入っていた。

綺麗な顔立ちで、正直、『美人』と言う言葉が似合う。
昔、保育所で読んで貰った『白雪姫』の話を思い出した。
男がこんな事を言うのは変だと思うが、“白雪姫を見た王子が恋に落ちた瞬間”ってこんな感じだったのかな、と。

しかし、こんなに美人なのに頑なに顔を隠すのか。

長い睫に涙がついているのが分かり、思わず智風の横に腰を下ろし頬を撫でると

「お…とう……さん……」

涙を流した。

「…………」

どうしたらいいか分からずに細くて白い手を握ってみると、智風は安心した様に寝息を立て始めた。
ふっくらとした唇をほんの少し開けて。

女の寝顔なんて見慣れたものなのに、どうしようもなく触れたくなって、ゆっくりと顔を近づけ、本当に重ねるだけのキスをした。


その時、授業の終わりのチャイムが鳴り、匠馬は保健室を出て行く。
向かう先は陵の教室。
無理やり陵を引っ張り出し、屋上に連れて行った。

「どうしたんだよ」

「やばい」

「何がやばいんだ?」

「好きな子出来た」

「は!?お前が!?」

「うん」

「誰だよ」

「陵のクラスの屋嘉比さん」

「ぶーーーー!!!」

「きったないなぁ」

「お前オカシクなったのか?」

「全然。正気だけど?」

「お前の趣味をどうこう言う気はないが…。…屋嘉比か…。ふむふむ。…ま、色々面白そうだ。協力してやるよ」

「持つべきものは代議士様の息子ですなぁ」

くすくすと笑えば陵は満足そうに片眉を上げる。

「で、どうすんだ?」

「ん~、どうしよっかな。とりあえず来年のクラス一緒になりたい。出来る?」

「任せろ」

「あ~、半年で落としたいなぁ…。ふぁ~、眠い。もう帰って寝る。じゃあね」

欠伸を噛み殺し、ひらひらと手を振り匠馬は学校を後にした。

新しい玩具を見つけて来たものだ、と陵はくくっと口角を上げて笑う。
手に入れたらあっという間に見向きもししないくせに。
それまでの匠馬の楽しそうな姿は幼い子どもそのものだ、と陵も楽しみが出来たと機嫌よく教室へ戻って行った。




***
新年を迎え、お節を机に並べている処に陵が訪れた。

「おめでとうございま~す。大河原で~す」

「あら、陵君。いらっしゃい。丁度、匠馬手作りのお節が出来上がった処なの。一緒にどう?」

と、匠馬の母・美弥子みやこが陵を誘う。

「じゃぁ、お言葉に甘えまして。これ、新年の挨拶代りの酒です。父がよろしく、と」

「まぁ、またこんな高いお酒を。毎回ありがとうございます。お父様にお礼伝えててね」

短く“はい”と返し、客間に促され、今度は匠馬の父に挨拶をしに行った。

何時もなら、正月三箇日は政界の先生の挨拶回りに付き合わされ、忙しくて顔を出す暇はない。
だがその合間をぬって来たという事は“屋嘉比智風”の情報が入ったのだろう。
頼まなくても陵は勝手に調べあげ、やって来る。
本人は良かれと思ってやっている訳では無く、面白くてやっているだけなのだ。


親達もほろ酔いになった頃、陵の口から智風の両親が入学式の日、大きな玉突き事故に遭い他界した事を聞かされた。

“それでか”

匠馬はあの時の涙を思い出し、ふうっとため息を吐いた。

「で?虐めの原因は?」

陵はお猪口に注がれたお屠蘇をくっと飲み干し、もう一杯、と催促をする。
珍しく匠馬が食付いてきたな、と思いながらも陵は話を進めた。

「原因は男。屋嘉比を助けようと“虐めは良くない”と言ったらしい。小学生なのに勇気あるわな。で、その男の事を好きな女が屋嘉比を苛めてたんだが、それを切っ掛けにエスカレート。クラスの他の男を使って階段から突き落とすわ、プール入ってるときに溺れさせたりするわ、小3でそんな事するかねって聞きたくなる様な事され続けてたんだと。挙句にトイレに連れ込まれ髪切られて。まぁ、髪もその女が切ったらしい。その上、かなり暴行受けたらしく暫く口が利けなかったそうだ。それ以来、防御のつもりか髪で顔を隠す様になりました。とさ」

「先生気付くでしょ」

「あぁ。だが、その女の親が役所のお偉い様だったから皆、見て見ぬ振りをさせられていたんだと。ま、自分の身が可愛いからな。そして、田舎特有の役所勤めが一番偉い、という魔境だから余計、誰も何も言えない状態だったんだな…」

話を聞き、無言でお猪口を口につける匠馬に

「止めるなら今だぞ?」

陵はとそれとなく注意を促す。
玩具になって貰えばいいと思っていたが、此処まで酷いと流石に可哀想になる。

しかし、匠馬は静かに笑う。

「何で?余計欲しくなった」

「何々~?何の話してるの?私も混ぜてよ~」

すると美弥子が匠馬の横に座り、話に入って来た。
陵は話してよい事か判断しかね、匠馬を見れば

「好きな子が出来たって言ったら、陵がリサーチして来てくれた」

簡単に話しをバラしてしまう。

「ほほ~!どんな子?私気の強い子は嫌いよ?」

「気は滅茶苦茶弱い」

「よしよし。可愛い系?美人系?」

「びじ…ん。…陵、無理に顔見ようとしたら怒るから」

「見ねーよ。根暗の顔なんてマジで興味ねーし」

「ね、ね。その子って、学校の子なの?って事は頭良い?」

「うん。テストは毎回首位をキープしてる」

「よし!もうその子を嫁に貰え!そしてウチを継ぐんだ!匠馬!いい子見つけて来たな~!お母さん鼻が高い!」

母を交え、3人で智風の話題で酒を飲んだ。
匠馬はこの日、智風の過去を知り、初めて欲しいという欲求にかられた。


そして、2年の始業式。
貼られてたクラス表に3人の名があり無事に2年生をスタートし、クラス長に陵を推薦したのは匠馬。
そして、もうひとり。
勿論、智風が選ばれる事くらい分かりきっていた。
1年間ずっと全テスト首位でくれば皆、彼女に押し付ける。
そして、断る事が出来ないので渋々、頭を縦に振る。

後は…。
自分の事を嫌っている校長を煽るだけ。
と、その前に校長から呼び出しを受けた。
話の内容が“賭け”だったので、匠馬は口角が上がるのを止められなかった。母が絡んでいる、と分かったからだ。
校長は母の兄。
20も年が離れており、校長は匠馬の母を溺愛していた。
父と交際を始めた時は大反対で、父が家に行くと塩を投げつけたりと嫌がらせもしたとか。
にも関わらず、16歳という若さで匠馬を妊娠。
父親以上に怒り狂ったのは校長だった。
が『産ませてくれないなら、お兄ちゃんなんて嫌いになる』の一言で折れたという。
大きくなるにつれ、父親そっくりになっていく匠馬。
その為か校長は小さい頃から匠馬を毛嫌いしていた。
どうせ『匠馬が勉強しないの』とか上手い事言って泣き落としをかけたのだ。
結果が出たら『お兄ちゃんが尻に火を点けてくれたお蔭』と“お兄ちゃん好き好きオーラ”全開でお礼を言えば事は終結。
妹には弱いお兄ちゃんを手玉に取る事に関して、母にしてみれば、朝飯前。
息子の恋路に手を貸すとは…。
余程、母は智風の事が気になるらしい。
ここは母の好意・・に甘える事にした。

テストに関して何も心配は無い。
15位以内ならほんの少し上の順位に持って行けばいい。
保険を掛け、10番以上に行かない様に気を付けるだけだ。
そして、結果は予想通り、12位。
担任も文句を言えないと分かった状態で頼み事をする。
『週2回、プリントを届けて欲しい。ついでにノートも取って来て欲しい』と。
以前、ノートを集めていた陵の手から取り上げた智風のノート。
その時、見やすさに感動さえ覚えた。
ノートの件を頼めば、智風に白羽の矢を立てる。
担任は配達役は陵に、と考えていたはずだ。
だが、陵は剣道で国体の選手(Uー18)に選ばれており、そんな暇は無い。
そこで、陵の口から一言。
『匠馬に感謝させる為に、ノートを取った本人に持って行って貰った方がいい』
担任も“それも一理ある。それに暗い彼女なら手を出す事も無いだろう”と智風に重ねてお願いする。
そうして、計画通りに智風は匠馬の家に通う様になるのだった。


さてさて。
恋は盲目とはよく言ったものだ。
好きになったら全てが良く見えるもので。
智風が何をするにも可愛らしく見えてしまう。
始めの頃は玄関のチャイムが鳴らせず、5分も10分も玄関の前でオロオロしていたり。
匠馬はそれを飽きる事無く玄関のモニターで眺めていた。
物を渡す時は手を震わせ、顔を真っ赤にする。
口元を隠して笑うのも、上ずる声も可愛かった。


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