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【小説】醜いあひるの子 匠馬編

~茂みの中の欲望⑥~

意外だった。
智風の母親が両親の恩師とは。
彼女自身、自分の事を積極的に話す子では無いし、だからと言って無理に聞こうとも思わない。
一生の付き合いにさせる予定(決定事項)なので、これから知っていけばいいのだ。

もう一つ意外だったのが、智風の事を気にしていた母が彼女の事を一切調べていないという事。
1年あったのだ。調べようと思えばいくらでも調べられたはずなのに。
本人日く、『要らぬ先入観を持ちたくなかったの。それに、匠馬アンタの恋愛に茶々を入れたくなかったしね』だと。
経験者だからなんだろうけど、なら、何故智風と一緒に寝る!
『ボクの楽しみ返せ!』と言えば『母の楽しみを取ろうだなんて!この親不孝者!』と蹴りを入れられた。
全く、なんて母親なんだ。

しかし、夜になると楽しそうに客間に向かう智風を引き留める事が出来ず、笑顔を引き攣らせながら『おやすみ』を言う事しか出来なかった。
本当、何が悲しく毎晩父親と客間の戸を少しだけ開けて中を覗く事になるのやら。

次の日から父方の祖父母宅に行った。
その際、智風も同行させたのだが、祖父を見て驚いていた顔が目茶苦茶可愛い。
ま、血が濃過ぎて3人顔が似ているので、驚くのも仕方がないのだけれども。
その上『タクマも格好良いお爺さんになるね』とニッコリと微笑まれ、殺されるかと思った。
あの笑顔は破壊兵器です。智風さん。

『本当、お爺さんの方が大きいんだね』としみじみ言うので『まだ、成長期だからボクもじいさん位まで伸びるかもよ?』って返すとパァ~ッと顔を輝かせて『190センチのタクマ、かぁ…。見てみたいかも』と。
成人してからも伸びる人は伸びる。
セ〇ビック注文しとこう。

祖父母も智風の事が気に入った様で、よく話をしていた。
横で見ていて“老人ホームに来るジジババと人の良い介護士みたい”と思ったのは内緒だが。(祖父母はまだ50代なので)

それから着物の好きな祖母は母と智風に着物を着せて、買い物に。
荷物持ち係の男共は鼻の下を伸ばして着いて行くだけなんだけど。

惚れた女が側に居て、楽しそうに笑ってくれて、同じ時間を共有して。
こういった何気無い休日って幸せだなって智風の手を握って思う。
地元だったら2人で買い物に出たり、ゲーセンに行ったりする事を拒否する智風だが、流石に県外ともありデートの誘いに簡単に応じてくれて、嬉しかった。

この日は祖父にママチャリを借りた。
智風を後ろに乗せると、お揃いのマフラーと手袋を着けて小さい頃よく泳ぎに行った海を目指す。
風は強くないが流石に冷たく、智風の鼻が真っ赤で笑った。
その後は、2人で何する訳でも無く、只、砂浜を延々と歩いたり座って波を眺めた。
その間、家では『鮎川は男家系だから智風ちゃんが女の子を産んでくれるまで頑張って貰おう!』と盛り上がっていた事は知る由も無い。

そして、30日まで祖父母宅で過ごし、自宅に戻った。



***
年が明け、1月3日。家族で初詣に出掛ける。
祖母がくれた青地の拗梅柄の着物を着た智風の手を引き、参道を歩いた。
若干、17歳とは思えない色気と、風貌。
光彩陸離と言っても過言ではない智風に誰もが振り返り『素敵・綺麗』と言葉を落とす。
本当、『ボクの!』って声を大にして抱きしめて見せつけたやりたいくらいだった。

帰り着くと同時、見計らったように陵が新年の挨拶にやって来た。
家の前に止まったハマーに『カッコいい!ハマーだ!』と智風は目を輝かせ頬を染めていたのだが、それから降りて来た陵を見て顔を青くした。
そして、玄関に向かって来る陵に気づかれない様にと、必死で背に隠れようと試みている。

「おめでとうございます。おじさん今年はゆっくりですね」

玄関先で新年の酒を手渡しながら2人して頭を下げる。

「あぁ。年末匠馬が手伝ってくれたお蔭でな」

陵を上がる様に促し、父は着替える為に自室に戻って行った。

「よう!屋嘉比!流石にそんな格好してたら誰だかわかんねーな」

見られない様に隠れていたつもりだった智風は、急に声を掛けられ『ひぃぃぃーーー!!!』と声にもならない悲鳴を上げる。
只ならぬ脅えに思わず陵と顔を見合わせ、笑ってしまう。
そろそろ、他の人にも慣れましょうよ。

「な!何故!大河原くんが!ここにぃ!」

「ちー怖がらなくって良いよ。陵は幼馴染でボク等の事は知ってる。けど、他人に言って回る様な奴じゃないから心配しないで」

「は、はい…」

引き攣った声から蚊の鳴くような声に変わり、智風はガタガタと震えながらほんの少し顔を出し、陵を見る。
その様子に陵は『やっぱり屋嘉比だな』と安心した様に頷いた。
すると、タイミング良く母に呼ばれた智風は着物を着換えに行き、残された2人で居間の方に向かう。

「しっかし、髪を上げるだけで別人だな。貞子の仮面を被った美女。なんつーか、あれ!醜いあひるの子みたいだな。よし、これから根暗の事をアヒルと呼んでやろう」

「何だよそれ。陵が何て呼ぼうが構わないけど、智風を怖がらせるような事だけはしないでよ?」

“へいへい”と陵は肩を窄め、並べられたお節に箸を向けた。

それから3日間、陵は智風が他人に慣れる様にと、通って来た。(はっきり言って智風をからかいに来ているだけ)

そして、1月6日。
台所で料理を作っている間、陵と智風は客間で採点バイトをしていた。
大分慣れたか、智風も陵に髪で顔を隠さなくなったし、自ら話を振る努力もしている。

今日のおやつは卵たっぷりのヤツと抹茶の2種類のカステラ。
カステラを切り分けながら、明日のおやつの事を考えていた。

「ね、匠馬。ちーちゃんを陵君に取られるって事ないでしょうね」

いつの間にか横に居た母。
そして、そんな彼女の急な言葉に自分の指を切りそうになった。

「うわ!吃驚した。急に湧いて出て来ないでよ。…何?いきなり」

「いや、毎日来てちーちゃんにベッタリだし。陵君に許嫁が居るとしても、やっぱり心配になる」

「あぁ、そういう事。大丈夫。陵の趣味では無いし、智風に手を出す事は無いよ。断言していい」

「なら、いいんだけど…」

陵は巨乳が苦手なのだ。
小さい頃Eカップの母に抱きしめられ窒息死しかけ、その度、『お前の母親のせいで三途の川が見えた!』と涙ながらに抗議された。
彼日く、『でかい乳は凶器でしかない』のだと。
それに、許嫁の胸が大きくならない様に大河原家にあるお稲荷様に毎日、願掛けするくらいなのだ。

「あのさ、アンタ達って温度違うわよね」

「温度?誰と?」

「ちーちゃんと」

「は?男と女なのに違うに決まってるでしょ?」

「そっちの温度とは違うわよ。…温度っていうか、モノの捉え方って言った方が分かりやすいかも」

母が何を言いたいのか分からずに眉間に皺を寄せて、黙ったままカフェラテ用の温めた牛乳を専用の泡だて器で倍になるくらいまで泡立てる。

「モノの捉え方?何が言いたいの?母さん」

「ふ~ん。気づいてなかったんだ…。ま、私が何言ったって自分で気付かなきゃ意味ないしね〜」

「は!?何?ちょっと、最後まで話してよ」

「自分で考えなさい。ヒントは“ちーちゃんは友達が居なかった”よ」

母はヒョイッとカステラの切れ端を口に放り込むと

「ご丁寧に忠告してやってんだから、鳶にさらわれちゃう様な事になったら…分かってるわね?」

そして、母はヒラヒラと手を振って台所を出て行った。

「何なの、あの人。問題だけ出しといて」

しかし、意味深な言葉が頭を擡げる。
好敵手が現れるのなら全力で潰すまでだが、自分に何か足りないのであろうか。

もしも、の事などあったらあの母の事だ。
勘当どころか、実の息子を身包み剥がして外に放り出すに違いない。
それだけ、智風の事を気に入っているのだ。

悶々としながら客間で仕事をしている2人を呼び、おやつにした。

おやつを摂った後、陵は許嫁の姉を見舞う為に帰って行く。

そして、2人で陵を見送ると智風が口を開いた。

「採点も終わったし、あたしもアパートに帰るね。大家さんが何日も帰って来ないから心配してるの」

「え?帰るの?」

「うん。明後日から学校もあるし。…それと、隣のお婆ちゃんも娘さんの処に行ってるらしくって。…でね、タクマ」

ツン、と服の裾を引っ張られて顔を下げると、顔を赤くした智風が見上げていた。

「一緒にアパートに来ない?話しがあるの」

と。

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