見出し画像

【小説】醜いあひるの子 匠馬編

~茂みの中の欲望③~

メールを開くと『あの女とやっと別れてくれたのね!ありがとう!』と書かれており、首を傾げるしかなかった。
この日から明美が仕事帰りに家の前を通り、手紙を置いて行ったり飲み物を置いて行ったりと、ストーカー行為がヒートアップしていく。
今迄はメールを送ってくるだけだったのに、電話を掛けて来る様に。
勿論、取らないので留守電に意味不明な独り言を入れてくれてるのだが。

しかし、そんな事も忘れさせてくれるくらい毎日が楽しかった。
弁当を忍ばせた土曜日から頻繁に智風が家に来る様になり、一緒に居る時間が増えたからだ。
智風は美味しそうにご飯を食べてくれ、『鮎川君、片付け手伝うね』と隣に立つ。
夕食後の楽しみは2人で片付けをしながら、次の日の献立を一緒に考える事。
『この前のすっごく美味しかった!また作ってね』と頬を少し桜色に染めて微笑む。
この笑顔は自分だけのもの。
それが嬉しくて心を温めてくれた。

これが“恋”って感情なのか。

「あ、3問目、間違ってる。アインシュタインは1879年~1955年だよ」

「え?そうだったけ?」

「そうだよ。1847年~1931年はトーマス・A・エジソン」

「じゃ、間違ってたら何か作ってあげるよ」

「本当?あのね、抹茶のシフォンケーキがいい!小豆は入れちゃ駄目で、生クリームたっぷりの!」

問題を態と間違えて君の好きなモノを作ってあげる、と言えば目を輝かせて喜ぶ。
『ボクは君に生クリーム付けて喰べたい』ってどれだけ心の中で叫んだだろう。

そして、学期末テストが終わり、全教科が返って来た日。
担任に呼び出され、1位が自分である事を聞いた。

そう、負ける賭けはしない。

智風にメールを送って8時に来るように伝え、それまでに全ての準備を終わらせる。

オール満点を取る事だって出来るが、それでは面白く無い。
最後で、泣きそうな顔になる智風の顔が見たいから。


そんな事を思いながらも、餓鬼の様に焦っている自分がいた。

そして、智風を抱きながらも、暴走を止めるのに必死だった。
なのに、こっちの気も知らずに『タクマが初めての人で良かった』なんて可愛い事を言ってくれるから、理性が持たなかった…のは言うまでも無い。

「もう…学校無断欠席…」

毛布に包まり出て来なくなってしまった智風を他所に、匠馬はご機嫌で服を着ていた。

「風呂入った方がいいよ?はい、この服着て」

その言葉に智風はモゾモゾと布団から顔を出したが、メガネを掛けて枕元に置かれた服を見てオロオロとしている。
そんな困っている姿が面白くて仕方がない。

「あ、あたしの服は!?」

「ん?洗濯してる」

「し…下着…」

「洗濯してるって。だってパンツもジーンズもべちょべちょだったから」

「!!!!!」

声にならない悲鳴を上げている智風。

「じゃぁ、風呂用意しとくから10分くらいで下に降りといで」

くくっと笑いながら匠馬は部屋の戸を閉めた。

枕元に置いたのは(匠馬の)パーカー。
それのみ。
さて、あの小心者の智風はどうやって下に降りて来るだろうか。
匠馬は楽しみでならず、ご機嫌で階段を下りて行った。

下に降り、湯を張ると昼食の準備に取り掛かった。
食パンを切りトースターに掛ける。
少し色が付いた食パンを半分に切り、また、その間に切れ目を入れて行く。
中身はタマゴにツナ、レタスとトマトにカマンベールチーズとレタスとベーコン、フルーツヨーグルト。

今迄を考えると食べれない食材は無さそう。

2斤分のサンドイッチを作っていると、階段を降りて来る音が聞こえた。

「あ…あの…お風呂って、どこ…?」

台所の入り口で顔だけ覘かせる智風に

「ちー、2人しか居ないんだからオドオドしない」

そう言って入り口まで行ってみれば、必死に裾を引っ張って足を隠そうとしている。
これまた、一興。

「服が伸びる」

「だ!だって!」

太もも3分の1は隠れているのだから、心配しなくてもいいのに。
智風にしたら短すぎる上に、下着も着けていない状態は耐え難いものなんだろう。
そんなに恥ずかしいのならば、箪笥の中から何か引っ張り出してくればいいものを。
“人のモノ”を勝手に触ってはいけない、と思っているのか、将又、パニックでそこまで頭が回らなかったか。
しかし、その格好でスリッパとは。
カモシカの様に伸びる足はそそられる。

脱衣所に案内し、『一緒に入ろうか?』と苛めてみれば真っ青な顔で見つめ返して来た。
そこ、顔を赤くするところなんですけど。
本当に面白い。

「服…夕方には乾く?」

「この天気だと乾くよ(乾燥機に入れてるからすぐに乾くけどね)。って、帰るの?」

「に!2泊なんて出来ません!」

「…夜ご飯、赤飯炊こうと思って、小豆水に浸してるんだけど…」

「よ…夜ご飯はご馳走になります…。でも、何で赤飯なの?」

「え?処女貫通祝い」

にっこりと笑えば、やはり智風は真っ青な顔で見上げる。
だから、顔を赤くするところですってば。

「…あ、タクマって今迄何人の女の人とHな事してきたの?」
(彼女は攻撃を仕掛けている訳ではありません。疑問に思ったので聞いているだけです)

「え!?な、なんで!?」
(智風にそんな事を聞かれるとは思ってもおらず、キョドってます)

「だって、“今迄見てきた中で”って言ったから。それって、1人2人って話じゃないでしょ?複数居ないと比べる事は難しいし。統計学的に考え、」

「ちー!お風呂入っておいで!サンドイッチ美味しいの作っておくから!」

「は、は~い。…???」

急いで脱衣所の戸を閉めた。

最後に真っ青な顔にさせられたのは自分だった。

「昨日虐め過ぎたから虐め返しかな…」



***
次の日の授業中。

「仕返しされてやんの」

「本当に、何を言い出すかと思ったら…。やられた」

「お前でも勝てない相手が居るとはな。で?根暗は自分のアパートに帰ったってか」

「夜の9時半くらいまでいたんだけど、無理やりチューしたら逃げる様に帰っちゃって。はぁ…もっと喰べたかったのに」

「はいはい。だから、俺を通して根暗見るの止めねえ?俺が見つめられてるみてーで気持ち悪い…」

「陵なんか見てないから気にしなくていいよ」

「アホだろ、お前」

「うん。アホだよ」

「うわ~、開き直ったよこの男」

「いっその事ボクの家で飼うか…」

「分かった。お前が根暗に本気なのはよ~く分かりました。後、遊びだと思っててすみませんでした。だ・か・ら、前向いてくれ」

「え~、やだよ。見てたいもん」

『こいつ本気過ぎてキモイ』

「でもさ、このままじゃ公に出来ないから辛いなぁ」

「…そうだな。あの根暗じゃ公は難しいだろうな。あ、ところで美弥子さんには会わせたのか?」

「まだ。月末時間作るって言ってたから、その時に会わせる(そのまま年明けまで家に居させるつもり)」

「お前、女紹介するとか初めてだから面白がってんだろ」

「まぁね。…っていうか、ボク今迄彼女なんて作った事無いよ?ちーが初カノだし」

「…………」

「…………」

「あ、根暗がカウンセリング受けるのに、こっちに引っ越して来た話したよな」

「ん?うん」

「前に居た町の奴が高校ココに編入して来たらしい」

「この時期に?」

「あぁ。どうも根暗の事を好きだった男だ」

「ふ~~~~~~~~~~ん」

「匠馬サン、目が笑っていませんよ…」




ーーーーー
「見えない処だったら、キスマーク付けていい?」

「え、あ、あの、」

ベッドの上で智風を追い込み、ちゅっと胸の谷間にキスを落とす。
相変わらず智風は匠馬の事を『鮎川君』と呼ぶので、『今度、“鮎川君”って言ったらキスマーク付ける』と約束をしていた。
なのに、やっぱり間違って『鮎川君』と。

「女の子の制服は襟首も立ってるし、首に付けても余り見えないと思うけど、ちーが厭なら見えない処、ね?」

上目使いで智風を覗き込めば、首まで真っ赤になりながら頷く。
『何なのかな。この可愛い生き物は!』と言いながら父が母をよく抱きしめる。
今迄は『莫迦みたい』と思っていたけど、その気持ちが良く分かる。
本当にね、可愛過ぎるよ。

初めて抱いた日から粗、毎日家に呼び、“1回だけ”という約束で彼女を抱く。
この日も本当はアパートに帰してあげるつもりだったんだけど、約束を破って3回シた後、心地好い疲労感で智風が寝てしまった。
何時の間にか匠馬も寝てしまっており、目を覚ました時は既に11時を過ぎた処。
起こしてもいいが、この時間に帰すのも気が引ける。
帰したくなくなった、と言うのが本音だけど。
智風を起こさない様にベッドから出て、服を着て台所へ行き朝食の下拵えをして、また自分の部屋に戻る。
両親は深夜1時位に帰って来るので夕飯は食べないが、その代り朝食・昼食の準備はしてあげておく。
下ごしらえも終わり、台所の電気を落とす。
門燈と玄関・廊下の電気だけ残して2階に上って行くと、忙しなく携帯が震え開いてみるとメールも何件も入っており、『今日も同じ自転車がある。お友達だよね。直ぐに帰すんだよね?』『好き好き好き好き…』と呪いの文字が並べられている。

智風を初めて抱いた日も、携帯が引っ切り無しに鳴っていた。
女を家に上げるのは、智風だけだ。
その智風が家から出て来ない事に焦りを感じたのだろう。
次の日、智風をお風呂に入れている間に新聞を取りに行けば、物陰に隠れた明美が居た。
気付かないフリして家に入れば、すぐにメール受信の着信音。

『匠馬にしては珍しい子に手を出したんだね。心配しないで良いよ。私の愛は変わらないから。今日は疲れてるから学校お休みするのかな?明日は学校に行かなきゃダメだぞ!大好きだよ、匠馬』

語尾にしっかりとハートマークを付けたメールに思わず、キモッと声が出てしまう程。

あの日の事を思い出してしまい、暇人は大変だなぁ…と、携帯を閉じた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?