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【小説】醜いあひるの子 匠馬編

~茂みの中の欲望⑨~

※ストーカー対処の話が出てきますが、話しの一文として捉えて頂けますようお願いします。


レンガ造りのようなデザインのビルの2階に事務所はあった。
ちょっと、“滝本さん”という人が松田〇作風だったら面白いのに、と思いながら事務所のドアをノックして開けると、中に居た人間全てが目を丸くして、止まった。
安定の反応か。
わざとちょっと困った顔をしながら頭を下げる。

「あ、あの…先程、電話した鮎川と申しますが」

すると、中年女性が立ち上がり、ニコニコと柔らかい笑みで近寄って来ると

「お待ちしておりました。社長は直ぐに戻りますので、こちらでお待ちください」

隣接された別室に案内された。
ソファーに座ると中年女性と入れ替わりにこの場の雰囲気に似つかわしくない女性が入り

「ね、ね、君、かなり若い様だけど、いくつー?」

軽い身のこなしで肘掛けに飛び乗り、興味津々で話し掛けてきた。
目力が半端なく強い。
彼女を象徴するかの様なピンクを入れた茶髪で、多少金髪になりかけのセミロング。
かなり気の強い女性とみた。

「先月、17歳になりました。高校2年生です」

営業スマイルでにっこりと微笑めば、コーヒーを持って来たふくよかで若い男性社員と顔を見合わせ、急に絶叫。
思わず耳を塞いでしまった。
何時もの事なのか他の社員の方は全く動じず、匠馬は苦笑いを浮かべるしかなかった。

…が。

「鼓膜が破ける。バカ者共」

凛、とした声が響き渡り、2人の絶叫がピタリと止んだ。
何時からそこに居るのか、部屋の入口にモデル並みの男性が立ってこちらを見下ろしていた。
感情が無いのか、と聞きたくなる程の無表情に思わず背筋が伸びる。
…この男が“滝本”だ。
眼鏡のフレームが更に冷たさを引き立て、ごくり、と生唾を飲んだ。
動揺してはいけない、と自分に言い聞かせ、心を読まれない様に何時もの笑みを浮かべ、立ち上がり頭を下げる。

「お忙しい処にお伺いして申し訳ありません。お電話した鮎川と申します」

滝本さんから名刺を貰い、他愛も無い挨拶を交わすとソファーに座り直した。
先程の男性は入れて貰えず入り口の処で聞き耳を立てているのに、滝本さんのオーラに動じず女性は人懐っこい笑顔をボクに向けながら肘掛けに腰掛けている。

「あたし、野口薫って言います。高校生って響きが若いよね!」

「鮎川です。薫さんもかなりお若いんじゃないんですか?22~3歳くらいでしょ?」

「え~!そんなに若くないよ~!」

すると

「申し訳ない、うちの職人が失礼を。…降りろ。客人の前だ」

と滝本さんは肘で突き降りる様に促すが、薫さんはどこ吹く風。

「気になさらないで下さい」

クスクスと笑えば、滝本さんは眉間に深く皺を寄せため息を吐き、ファイルを開いた。

「波瀬辺の方から聞いたが、君の彼女の祖父について調べればいいのか?」

「いえ、そのそれは口実で…実は、その…ボク、ストーカー被害に遭ってまして」

そこまで言うと

「あ、やっぱりね。でもさ、1人って事無いでしょ。5~6人は居るんじゃない?仕方ないよ、目立つ代償だと思って諦めたら?」

薫さんはあっけらかんと他人事発言。
どストレートな感想に思わず笑ってしまうと、凄い速さで首を横にした滝本さん。
そして、三日月型に細めた瞳から強烈な冷気を発して薫さんを瞬殺した。
が。流石、薫さん。
軽く肩をすくめて、ぺろり、と舌を出しておどけてみせる。
それをみた滝本さんの瞳は、先程と同じ三日月型に細められたが、全く違う感情イロを表していた。
薫さんは滝本さんの大事な人、という処か。
何かあった時の人質ヨワミリストに入れさせて頂かないと。

「すまない。で、」

「あ、あぁ…紳一さんの耳に入れてしまうと友人の大河原にも伝わって、心配させる事になりますので、表向きという事で彼女の祖父を調べて頂きたい、とお願いしたんです。…それで、ストーカーの方なんですが」

カバンから袋を取出し、明美の写真と今迄送り付けられてきた手紙や隠し撮りされた写真、手作りの人形(腐ってしまう物はリストにして)などを机の上に並べた。

「これがストーカーをしている女性です。名前は波津久明美さん。母が経営している塾の生徒でした」

薫さんは徐に手紙を広げて軽く目を通し

「うわ、キモッ!」

心底気持ち悪そうに机の上に投げた。

「これはこれは。またたいした量だな」

滝本さんも多さに片眉を上げ、ペン先で人形を突く。

「本格的な話しに入る前に、料金の話をさせて貰っていいか?」

「お願いします」

「基本、ストーカー調査は1週間単位で計算させて貰っている。15万掛け週計算という事になる。日割りはしていないが、未成年という事で足が出た分は1日2万の加算。相談内容によって変わる。それで金額が高くなる事もあるが、大丈夫か?」

「多少高くなっても構いません」

まっすぐ滝本さんを見据えれば

「では、詳しく聞かせて貰おうか」

依頼を受けてくれる気になった様で、そこで初めて彼は聞く体勢になった。

「はい。中学2年生の時、何時の間にかボクのメルアドを調べていて、メールを送って来る様になったんです。でも、去年ボクに本命が出来てから急に手紙を置いて行ったり飲み物を置いて行ったりと、日に日にヒートアップして…」

「親密要求型か」

「…諦めて貰える様に色々手を尽くしたのですが、彼女は自分だ、と言い出す始末で…。それと、ボクが父の宝石店でアルバイトをしている事も嗅ぎつけ、彼女が店まで付けて来る様になって…」

「鮎川…、鮎川一志。老舗宝石店の本当の店主。確か、3代目。そうか、君は御偉い様方御用達・・・・・・・・のあの店の4代目か」

何処かで見た様な顔だと思っていたんだ、と滝本さんは楽しそうに口角を上げた。

「先程、店の前に消防車とパトカーが停まっていた様に見えたが、ボヤでも遭ったか?」

「あ、見られたんですね。それなら話が早いです。ボヤが遭ったんですけど…、そのストーカー被害を出すにしろ少しでも証拠があった方が良いかと思い、つい先日、スマホで操作できる防犯カメラを店の裏口にセットしておいたんです。何時もボクが来る時間にカメラを作動させたらこんなモノが映ってまして…」

滝本さんの目の前にSDカードのケースを差し出した。

「見て頂ければ分かるのですが、ボヤの場所から走り去る彼女ストカーが映っているんです」

「飯田、プリントアウト。事情聴取で是の事は言ったのか?」

「いえ。言っていません。父にも内緒で撮っていたので、…その」

バツの悪そうな、困った顔をすれば、薫さんが助け船を出す様に話しに入って来た。

「もしかして、親にストーカーされてる事、言ってないの?」

「…はい。両親は忙しい身ですし…、心配させる訳にもいかなくって」

伏し目がちに口を開けば、滝本さんが大きくため息を吐いた。

「これだけ証拠があれば警察に通報できる。ストーカーに警告を与える事が出来るが、警告を受けて攻撃に出るストーカーも少なくない。君に引っ付いているその女もその気が十分にありそうだ」

「何で分かるの?」

「…こういったタイプは、自らの空想や妄想を実現したいという欲望と実際に実現することで満足感を得たい、という極度の自己中のヤツが多い。それに、置手紙の内容やプレゼントからしても攻撃的な人格が現れている」

「好きな相手に恋人が居る場合、その恋人に危害を加える事も少なくは無い、という話も聞きまして」

「なら警察に行けばいいじゃないの」

「…出来るだけ、両親に迷惑は掛けたくないんです。それに母は塾を経営していて、もし、ボクがストーカーされているなど噂が広まれば、生徒の減少だけでは済まなくなります…」

「警察に対処して貰うとしても未成年であると、親が入らないと話を進めたがらない処が多い。例え警察が警告を出してもこのタイプはストーカー行為を止める事は少ない。粗無い、と言っても過言でないくらいに。そして、警察が動き出してくれるもにも時間が掛かる。親にも迷惑が掛けられない、自分で対処するにも限界だ、とここに来たって訳か」

「はい…。色々考えていたら彼女にも危害を加えるんではないか、と心配になって」

『苛々する』と小声で薫さんが呟くと、滝本さんは再度、瞳で瞬殺した。

「湯浅は手紙内容。誉田、贈り物を写真に撮ってリストにしたら、携帯のメールと留守電の内容を纏めろ」

纏められた手紙は中年の女性に、プレゼントと女専用の携帯を薫さんと絶叫した男性に手渡した。
綺麗になった机を指でコツコツと叩きながら

「彼女の写真も出してくれ」

智風の写真を出す様に指示。

「…これがボクの彼女、屋嘉比智風さんです」

今度は手帳から智風の写真を取出し、机に置いた。

「…貞子?」

普段の智風の写真を見て、薫さんは素直な感想を述べる。
他の人には貞子に見えても、ボクからしたら白雪姫。

「小学生の頃、酷い虐めに遭ってまして…。こっちがボクと一緒に居る時の彼女です」

もう1枚、顔を出している写真を出せば

「「おぉぉ~~~~!!!」」

薫さんと誉田という絶叫した男性が目を丸くして写真を覗き込んだ。

「誉田…」

「は、はい!スミマセン!向こうに行きます!」

無駄に大きな声で謝ると、慌てて部屋を出て行く。

「飯田、写真は?」

「出来てます。火の手と煙が上がっている処から始まって、次に女が振り向いて火の手に驚いている顔をしていますね」

「…この驚き方は、火の事を知らなかったか、こんなになるとは思わずに驚いているか、だ」

暗めの画像で相手の表情を見抜くとは。
…この先からは、下手に喋らない方が身の為。
滝本さんの前では何も知らないフリをして過ごした方がいい。

「最後に映っているのは、タクシーか。飯田、このタクシーを拡大して何処のかを調べろ」

「分かりました」

「明日一番にこのタクシー会社に女が乗ったかウラを取れ」

シャープな顎がくいっと動き、飯田さんは無言のまま頭を下げて部屋を出て行った。


※警察のストーカー対処は決して遅い訳ではありません。未成年でもきちんと対応してくれます。

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