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水深1,741m

午前1時13分
名古屋行きの夜行バスに揺られる


友達の誘いにふらっと乗って、仕事がタイトにも関わらずさくっと夜行バスのチケットを取った私はきっとここから逃げ出したかった

なにも考えたくなんてなかった


痛みと悲しみと怒りの混沌とした気持ちの渦の中で息をし続けることをしっかりと落とし込めるほど私は強くなんかない


『逃げだよ』と誰かが囁く
いいじゃない、逃げても
だって逃げた先が道ならまだ続くし
と、また誰かが言う

逃げようと思った
決めた瞬間に、道が拓けた
それは余りにも広く大きな道で舗装はされてないけれどきっと地に足をつけて歩ける道だ


午前1時32分
車内は暗くなって静かにこの街から出ようとしている


きっと自由なんてないのだと思う
バスに揺られながら気がつく


なにも考えることなんかない、それはうそだ
だってこんなにもずっと考えている

車内の空調の感度とか
道路を走る少し居心地の悪い音とか
シートの硬さとか
酔いがまわっている頭で考える
ろくでもない浮ついた気持ちのこととか

私はきっと考え事が好きなんだな、といまさら気が付く


考えて、考えて
たぶんずっと考えてた
そして、気がつかないふりをしていた


『君はいつまでその浅瀬で溺れたふりをするのかい?』好きな小説の一文がまた心を抉る
浅瀬で溺れたフリ、なんてしてないですよとまた抉る
わかっているんだろう


惨めなのか、悔しさなのか、痛みなのか、苦しみなのか、わからなくて
ただ、私はこの仕事がないと軸がなくなってしまうことをひしひしと感じていた


これしかないと思ったものを失うかもしれない恐怖が日毎に膨らむ
バチン、とブレーカーが落ちた時のあの軽い絶望感みたいな


浅瀬で溺れるな、
だったらせめて、深いところで溺れてみよう
だからこの世界にもっと深くまで潜ってみよう
それが『覚悟』ならわたしはもうできたよ


逃げ、だと誰かが言う
逃げても良いよ、と言われる
無責任な言葉の掛け合いなんてもういらないよ、と笑いながら言える強さは私にはないけれど
たぶんこの先の道を舗装することはできるんじゃないかな


午前2時4分
夜明けはまだ遠く、降り立つにはまだ早い
一眠りでもしようか、と久々に眠りたくなる



「私から奪わないで」と牙を向けていたけれど
奪われるほどの隙を作っていたのだろう

「奪えるものならどうぞ」

それが正しく、すべて。


そして、私は驚くほどに潜るのが得意だから
きっとこの世界でも溺れることなくいつまでも潜り続けるのでしょう

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