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父と、テント

素敵なキャンプを成功させるには素敵なキャンプ道具が不可欠である。

父はその素敵キャンプの屋台骨とも言えるテントを購入することを決意した。

父とキャンプの歴史は酒の席で酔った上司が唐突に始める説教より浅く、内容が無いので、語るに値するようなことは何もない。


ただ、唯一の思い出として残っているのは小学生の頃に地区の子供会でキャンプに行ったことだ。


当時、[現代の子供]を地で行く父はそもそもこのキャンプに乗り気ではなかった。
夏はクーラーの効いた部屋でコーラを傍らにテレビゲームをしていたいと心から願う少年だった。

夜はふかふかの布団の上で寝たい。テントで寝るなど経験したこともなかったし、なんの魅力も感じられなかった。

[暑いし、虫がでるから嫌だ。]

キャンプの夜、全く可愛げのない少年は駄々をこねて一人、保護者の車で寝た。

しかし夏の夜は車の中は当然蒸し暑く、どこからか車内に入ってきた蚊が一晩中耳元であのなんとも言えない不快な羽根音を響かせる、という悪夢のような夜を過ごした。


そんな思い出はさておき、父のテント探しは始まった。



それまで全く気にもしていなかったがいざテントを買おうと思うと、なんと多種多様のテントがあることか。

父は昼夜問わずインターネットを巡回し、理想のテントを探した。

そして、異様に評価の高いあるテントに狙いをつけた。


それは、皆さんご存じ


[スノーピーク エントリーパックTT]

皆さんご存じ、などと得意満面に言うが、アウトドア界の雄ともいえるこのブランドを恥ずかしながら父はまだ知らなかった。

シンプルかつ上品な色合い、スタイリッシュに流れるようなシルエット。

このテントを買えば素敵キャンプは約束されたようなものである

父は鼻の穴と妄想を膨らまながらエントリーパックTTの紹介ページを見つめた。

しかも父にはまだわからなかったが、スノピ(通ぶらしていただく)のテントとタープがセットになってこの価格は破格であるらしい

[このテントを買わなければご先祖様に申し訳がたたん!]

父は異様に興奮し、エントリーパックTTの購入を決意した。

そのままネットで購入してもよかったが、せっかくだからということで週末に妻と子を引き連れて近所にオープンしたアウトドアショップを訪ねることにした。

父はその時からキャンプの沼、というより大海原に小舟を漕ぎだしたのであった。


意気揚々とオールを握る気分の父に向かって妻は言った


[あんた、テントの建て方わかるの?]



小舟は早くも大きくぐらりと傾いた。










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