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1cmの重み

私の東京パラの挑戦が終わりました。
結論から言うと、代表にはなれませんでした。内定条件の世界ランキング6位に1cm届かず、その後の最終選考で選ばれませんでした。

自分が目指したのは勝つことなので、パラリンピックで1番になりたいと思って、そのために、どうしたらいいか、この5年間、自分がベストだと思う選択をして挑戦してきました。

結果は、本番で勝負するどころか、その場にも立てず、圧倒的な敗北です。正直めちゃくちゃ悔しいですが、ひとまず、目標に向けて自分なりに攻め続けた姿勢にはいいねをあげたいです。

では、自分の敗北要因を振り返らせてください。

①メンタル
前回大会のリオ大会で個人種目12位と不甲斐ない結果で終わり、試合後のインタビューで「この悔しさが次の4年間、自分を強くしてくれると思います。」と涙ながらに答えました。

その日から、「悔しさをバネに」、東京大会での勝利を目指したわけですが、その悔しさの使い方を間違えました。

2017年3月、リオ後の初戦。「7m15」を跳びました。これはパラリンピックでメダルを狙える記録でした。リオからわずかな期間で大きな成果が出たことで、本来大事にしなければならなかったあの悔しさという感情もバネのように弾け、完全に慢心しました。

この飛躍したパフォーマンスの正体は、悔しさを戦術的なモチベーションとしてではなく、爆発的なテンションとして使用したものでした。計画性と再現性が低く、ノリと勢いの速攻性で得た結果は心身への代償が大きかったです。

本来チャレンジャーであり、4年かけて勝者になろうとしたはずなのに、すでに勝者の気分で「自分は強い」と思い込んでしまった自分がいました。

そこから膨らんでしまった自分への期待値にもがく日々が始まり、この「もがき」こそが長い時間をかけてメンタルを削ってきたと考えています。2020年は特に精神的にきつくなり、おまけにコロナ禍で半うつのような症状も出てしまい、パフォーマンスが急低下しました。

②スキル
2015-2018まで助走速度の向上を最重要テーマにスプリントに特化した練習を行なってきました。しかし、更なる上のステージで戦うには加えて踏切技術の向上も狙っていかなければと考え、選考レースが本格化した2018年末から海外(オーストラリア)に拠点を移した経緯があります。

練習強度が上がったこともあり、そのタイミングでジャンパーの生命線である踏切足のアキレス腱痛との戦いが始まりました。

アキレス腱痛と向き合う中で、練習量が減ってしまいました。その影響で、基礎体力が少しずつ落ちていき、徐々に走るのが遅くなっていきました。

走幅跳の鍵は助走速度なので、走るのが遅くなる→助走速度が低くなる→跳躍距離が出なくなるという負のサイクルに陥りました。そして、2020年からパフォーマンスが著しく低下しました。

主にこの2点が敗因のように分析しています。
この冬、心とアキレス腱のメンテナンスを最優先させて、なんとか打開策が見えかけたのは4月頃でしたが、もう時すでに遅しでした。

まず今回の挑戦を、
応援してくださった方々。
サポートしてくださった所属先、スポンサー、関係者の皆様。
心からありがとうございました。
本当に不甲斐ない気持ちです。

そして代表発表後、
励ましてくれた親友。
叱咤激励をくれた恩師。
すぐ前を向かせてくれたコーチ。
いっしょに泣いてくれた家族。

この悔しさを胸に刻んで、次は勝ちます。

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芦田創(はじむ)/パラアスリート

人の心を動かす、そんなチャレンジがしたいです。パラリンピックに向けた取り組みをぜひ応援よろしくお願いします!

ありがとうございます!!!
パラ陸上選手(上肢障害/T47クラス/走幅跳/PB7m15←世界歴代6位)。パラリンピックメダリスト(リオ/4×100mR)。デスモイド腫瘍という病気の治療過程で右腕が機能障害になりました。1児のパパで子育て奮闘中!