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パンクロック 1

2年間同棲した彼女の家を飛び出したはいいが、行くところなんてないからとりあえず知り合いのレコード屋に向かった。

手持ちのCDは50枚くらいある。売れば2、30ドルになるだろう。日本に帰ってバイトするまであと2週間。それまでなんとかやり過ごさないといけない。

白髪のヒッピーオヤジがやっているレコード屋に入ると、エリックがカウンターにあるショーケースの中をのぞいていた。こいつは前のバンドでベースを弾いていた白人のパンクロッカーだ。

革ジャンの背中にはDead Kennedy's のデカいパッチをつけている。ただ、縁取りがヒョウ柄で、それをみていつもダセエなあ、と思っていた。

僕がメタルやニュースクールハードコアばかり聴いていて、パンクには興味がなかったからだろう。僕にとって、ヒョウ柄はヘアメタルのアイテムだ。

「すけちゃん、なんでそんなにたくさん荷物持ってんの?」

大げんかの末、彼女の家を飛び出した僕はスーツケースとKAPPAのスポーツバッグ、背中にギターを背負っていた。

車は去年ラスベガスに行った帰りに86年式トヨタ・セリカがフリーウェイで止まって以来、彼女の真っ赤な日産300ZX頼み。

引っ越しが多かったからいつも身軽でいたけど、歩いて全部持ち運ぶのは無理がある。

喧嘩の勢いに任せてあれやこれをゴミ箱に放り込み、二本あったギターは両方とも折った。1本はSamickのチープなSG。スルーネックで形だけの安物だからなのか、パカーンと簡単に折れてゴミ箱にポイ。

ヤケになっていたけど、内心(おお、これがギター折りか)と冷静に見ている自分もいた。実際に折ってみると、弦がついたままなので、重たいボディ部分が手元に戻ってきてあぶない。

もう1本は僕の愛機、赤のアイバニーズRG。ネックは折れたが真っ二つとはならず、そのままソフトケースに入れてキープすることにした。まったく、馬鹿なことをしたもんだ。

エリックに事情を話すと、家に泊まって行け、と言ってくれた。気持ちは嬉しかったが、エリックの実家は大学から遠いし、僕は車もないし、あんまり迷惑をかけたくなかった。

僕は以前バンドで使っていたスタジオ(と言ってもただの倉庫)に行って確かめたいことがあったので、エリックの赤いシボレー・ブレイザーで連れて行ってもらうことにした。カーステからRancidやOperation Ivy、Lars Frederisen and the Bastardsが流れてくる。どんだけランシド好きやねん。

スタジオ(倉庫)に着くと、使い慣れたあの南京錠がぶら下がっていた。

ここの大家は、いい加減な白人のおばさんで、家賃の支払いが遅れても催促してくることは一度もなかった。バンドが解散したあと、解約の連絡をしていなかったので、もしかしたら...と思って来てみたら案の定。

持っていた合鍵で南京錠を外し、重たい鉄の扉を開けると、ホコリまみれになったドラムセットがそのまま置いてあった。

カウチもCannibal Corpesのポスターも、最後に出て行ったあの日のままだ。とりあえず荷物を全部入れてここで寝泊まりすることに決めた。夏だし、シャワーは大学のプールで浴びればいい。

ドアを閉めると一切の光が遮断されて真っ暗になるのがちょっとメンタルにきた。閉じ込められてる感がハンパない。

キャンプ用のランプをつけたら電気があまりにも弱々しい。近くのスーパーに行き、さっきCDを売ったお金で乾電池とシリアルを買った。とりあえず2、3日はこれをポリポリ食べて過ごそう。

カフェテリアのバイトに行けば賄いがある。ハンバーガーにサラダにピザ、不味いけど食うに困ることはない。

ひとつ問題だったのは、この倉庫は内側から鍵をかけられないこと。当時のアメリカは携帯電話がほとんど普及していない頃だったから、もし誰かにイタズラで外から鍵をかけられてしまったら干からびてしまう。

入る時は誰にもみられないように細心の注意を払った。

よし、これから日本帰国までの2週間、住所不定のホームレスだ。

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