揚げタテハチョウ

一般通過ちょうちょ

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君影草の夢

「……裏切らないでね。逃げたりしたら私、何をしちゃうか分からない」 闇の中で炯々と燐光を放つ朱が、茨を捉えていた。限界まで見開いたそれは、ゆらゆらと水面を作っては茨の頬へ零す。まるで夕焼けの海をさかさまにしたみたいだった。 「……」 単に他人の体液が肌に触れる不快感で茨は眉を顰める。とはいえ……… 「それで、閣下はどうなさるおつもりで?……自分を殺したいですか?」 床に引きずり倒されてなお、茨がいつものように謝りもしないのは先の展開を知っているからだ。 「………う

    • メイドイン悲劇

      たたん、っと。 床を蹴って、飛び跳ねて。膝下まであるスカートも膨らむ。得意になって、レースとフリルを引き連れたままくるりと回る。大きな胸に、柔らかなラインの体に、クラシカルなエプロン。すらりと伸びた儚い脚はこれも真っ白なソックスが包んでいて、プラチナの髪にはサイドを白と黒のリボンで交互に編み込んだヘッドドレス。足元に視線をおろせば艶のある深い臙脂のショートブーツが爪先をきっちりと包んでいる。 何を隠そう、今の凪砂はメイドさんなのだった。 「……ふふっ」 こんな風にたっぷりと布

      • ナギサチャンによって滅んだ世界の記録

        ナギサチャンによって滅んだ世界の記録 それはこちらを見て、ふっと息を抜く笑い方をした。何故かそういう風に、はっきりと、それの臓物の動きが七種茨には分かった。十字の星を正中に宿す瞳が朱いのも、腰まである緩い巻き毛が天の川をそのまま纏ったような白銀なのも。白黒のはずのモニターを凝視して茨は唾液を飲んだ。キーボードに乗せた指が酷く汗をかいている。首筋から始まった鳥肌で背筋までが震える。壁一面に設置された盗撮映像のモニターの全部、それぞれ別の角度に設置したリアルタイムの映像全部に

        • えるふちゃん

          「あなた──エルフ、ですか?!」 ぱっと、薄汚れた路地裏に光が広がったように感じて、首輪を引かれた拍子にその奴隷のフードが脱げたのだとは遅れて気付いた。 「……あ、う…」 人間とは違う尖った細長い耳も確かに目を引く。でも、なにより珍しいのはその白銀の髪と喑朱の瞳だった。 「あァそうだよ兄ちゃん!オレが買ったんだ!ほら帰った帰った!そんなにコイツ欲しいんならカネ、を──?」 「ほら、これで足りますか?」 「お、え?」 叩き付けた金貨は10枚。普通の商人なら一年働いてやっと稼げる

          オメガバース

          春の短い夕暮れがすべてを穏やかなオレンジに染めていた。蜂蜜のようなその日最後の陽光に照らされさざめいている木々の梢と、空の色。窓枠に四角く切り取られた世界から流れてくる、まだ少し冷たい季節の風に穏やかに髪を揺らされて凪砂は手元に注がれていた視線を上げる。その拍子に視界に入った髪にまばたきして、なぞるようにして耳にかけた。指先はまだ、膝の上の半分ほど編まれたちいさな靴下を撫でている。一目一目、確かめるようにゆっくり触れて、ふっと息を吐く。それからベッドサイドに目をやれば同じくら