えるふちゃん

「あなた──エルフ、ですか?!」
ぱっと、薄汚れた路地裏に光が広がったように感じて、首輪を引かれた拍子にその奴隷のフードが脱げたのだとは遅れて気付いた。
「……あ、う…」
人間とは違う尖った細長い耳も確かに目を引く。でも、なにより珍しいのはその白銀の髪と喑朱の瞳だった。
「あァそうだよ兄ちゃん!オレが買ったんだ!ほら帰った帰った!そんなにコイツ欲しいんならカネ、を──?」
「ほら、これで足りますか?」
「お、え?」
叩き付けた金貨は10枚。普通の商人なら一年働いてやっと稼げるかどうかの額だろう。
「自分が買います。そのエルフ。即金で。いくらなんでも足りるでしょう」

それが──俺、こと七種茨の人生を左右してしまう大変厄介な買い物だったというのに気付くのは、まだ先の話である。

○○○
「……──…?──…」
小鳥の囀るような囁きと、長く緩急のあるフレーズ。ともすれば短い歌にも聞こえるそれは、人間には発音し得ない彼等の言葉だ。ただ愛玩するなら奴隷、歌人形として愛でる分だけなら意味などわからずとも構わない。主人の好ましい音であることだけが重要だ。
「困りましたねえ」
ただ──主人がその名を呼ぶことすらできないモノを売るのは、後々ちょっと困るのではないだろうか。
「すみません、もう一度お願いします…あなたのお名前は?」
「──…──……─!」
「(ま、真似出来ない…)」
エルフというのは、人間より遥かに複雑な音を聞き分けることができる、らしい。
「とりあえず、自分の言っていることは分かりますか?」
「……分かる」
小さな声で呟きながらこくこく、と頷く。共通語が全く通じないのではないだけマシではあったが。
「私の名前は、──…──……─だよ」
「…る…?」
「─…──!」
「るー?」
「……─!」
「とー?」
「……違う…」
彼は首を振った。
「うーん…自分達の言葉…というか共通語にはそもそも無い発音なんですよね」
「…古い、言葉…歌…」
「…?」
「……私の名前…は古い歌からつけられた…それらは私達にとっても、とても古く、かつ抽象的」
「…なるほど…つまり、訳せない…と?」
「……聞こえたように呼べばいいよ」