その光が照らすもの 19.東京制覇 7

昼にショッピングモール入って騒ぎ続けて七時間。金髪にいかついピアスやネックレス、指輪を付けているこの一陣の中にアイドルである双葉がいるなど誰も思わないだろう。しかし黒髪が一人では逆に目立っているかもしれないが。
フードコートで昼ご飯を食べ、ほぼ全ての店を見て回っても、誰一人疲れている気配はない。今の夜覇王はバラバラに活動しているので全員が揃うことはそうないし、気が合うからこそチームを組んでいるから良い気晴らしになるのだから疲れるはずがない。双葉も周りのことを気にしなくていい分心は軽く、夜覇王と一緒にいれて楽しいから疲れることはない。
夜の七時。太陽は沈み、代わりに月が暗闇に浮かんでいる。
「とっても楽しかった」
帰るためにバイクを置いている駐輪場に着くと双葉は言った。
「それなら良かった。こんな柄の悪い奴らと一緒だと楽しめないかもと思っていたんだけど」
晴人は安堵した表情で言う。
「全然。皆さん面白い方たちでここ最近で一番笑いました」
「そう?馬鹿なだけだと思うけど」
そんなことは、と双葉は否定する。
「電話しなきゃだよね」
双葉はしょんぼりして言う。その態度がどれだけ楽しかったかを物語っている。
「うん。三十分くらいで着くと言っておいて」
「それってメールでも良い?」
「構わないよ」
双葉はマネージャーに怒られると思った。今スマホに電源を入れたら沢山の電話とメールが来ているから。メールなら送ってまた電源を切れば逃げられるから。
双葉はメールを送るとバイクの後ろに乗った。ヘルメットで視界が狭まるが前には晴人がいてお腹に腕を回す。さっきより怖さはない。風の気持ちよさも知った。そして何より晴人とこうしてくっついていられることが幸せだ。こんな時間がいつまでも続けば、と思わずにはいられない。

晴人の言った通り三十分で双葉の家に着いた。家の前にはマネージャーの車が停まっている。晴人は車のすぐ横にバイクを停め、双葉のヘルメットを取った。
「双葉」
マネージャーは急いで車から降りて、双葉に駆け寄る。
「もうどこ行ってたのよ」
双葉の頬に両手を当てて聞いてくる。マネージャーの表情は安堵しているように見えるがまだ心配も払拭しきれていない。
「晴人君に助けてもらったんだ」
双葉は晴人の方を見る。途端にマネージャーの顔は怒りに満ちた。
「貴方が週刊誌に載っていた人ね」
「そうだ」
ヘルメットを被ったまま晴人は答えた。晴人たちはショッピングモール内の本屋でその記事を確認済みだ。そこには真実だけが書かれていた。
「ヘルメット外しなさいよ」
「嫌です」
「なんで?」
「叩かれる気がするので」
晴人の察知能力は一級品だ。例えば殴るぞ、と言われたらその人が本当に殴るかどうかがほぼ100%わかる。
マネージャーは心の中を見透かされる気持ち悪さに怒りが萎えてくる。改めて双葉を見て、強い口調で言った。
「この人とは縁を切りなさい。彼といると貴女は駄目になるわ」
マネージャーは当たり前というふうに言った。
「晴人君はマネージャーが思っているような人ではありません。私を誘拐犯から助けてくれました」
双葉は必死に反論する。
「そうかもしれないけど、貴女は騙されているの。貴女は知らないかもしれないけど、彼は人殺しなのよ」
「知ってます」
双葉の予想外の反応にマネージャーは驚愕する。
「それなら……」
マネージャーが言い終わる前に双葉は晴人が恐れていた言葉を言った。
「そんなのどうでもいい。晴人君は友達想いの優しい人です。確かに素行の悪い人だとは思いますが根は優しい人なんです」
双葉の考え方は危険なものだ。人によっては精神状態を疑うであろう思想だ。晴人がそう忠告する前にもう一人の聴衆者が動いていた。
パシンッ。静寂な夜に軽快に似た音が響く。晴人にはそう聞こえた。
マネージャーが双葉の頬を平手で叩いたのだ。双葉は痛みより驚きが勝っていた。双葉はマネージャーが手を上げるとは思っていなかった。痛いことを嫌う人だし、肉体的に傷を付けないように人一倍気にかけていた人。そんなマネージャーがアイドルの生命線の顔を叩いたことに驚いた。そして冷静にもなれた。マネージャーは間違っていると思ったから叩いたのだと双葉は考えたからだ。
「会話に入らせてもらう」
晴人はヘルメットを外して二人に寄る。
「俺もこれ以上は会わない方が良いと思う。俺は自分の身分はわかっているつもりだ。俺はただ一度でいいから芸能人に会ってみたいと思っただけ。だから双葉ちゃんに執着するつもりもない」
「世間が何と言おうが構わない。私には晴人君が必要なの」
「そこまで想ってもらえていたとは思わなかった。でも双葉ちゃんを巻き込みたくないんだ。これから東京で一番になるために始まる抗争に」
晴人の宣誓に双葉は言葉に詰まる。
晴人は双葉に背を向けバイクのもとに歩いていく。しかし双葉は止めることができなかった。生きている世界が違う。そう形容するに値する程の衝撃だった。
晴人はバイクに乗るとさよなら、と言った。晴人はこれが最後だと思い込んでいた。
双葉は去っていく後ろ姿に涙を流さずにはいられなかった。

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