その光が照らすもの 13.東京制覇 1

双葉と出会って一週間経った頃、晴人のもとに電話がかかってきた。電話の差出人は富津円。
「もしもし」
『ニュース見た?』
もの凄い迫力で聞いてくる。その声は泣いているように聞こえる。
「見てないけど、どんなニュース?」
『双葉ちゃんが誘拐されたの』
「え」
驚きのあまり言葉を失う。誘拐されたことに対してではない。誘拐されたことを円が知っていることだ。
「いつ、どこで誘拐された?」
『たぶんだけど、九時頃の渋谷』
「何でそんなことわかるんだ?」
『トリッターのつぶやきで。その現場を見た人がたくさんいるっぽい』
何て考えの浅い誘拐犯だ。大人数がいる場所で堂々と誘拐をするとは。閻魔様もびっくりだろう。
「教えてくれてありがとう」
『助けてくれるよね?』
「言うまでもないだろ。絶対無事に助け出す」
自信を持って言い切る。
『よろしくお願いね。アンタに頼るのは心外だけど、アンタ以外に頼れる人いないから』
円が電話を切る。
円からという思いもしなかったところからの電話で何かと思ったが、随分と大事を持ち込んできた。と言っても結果だけで言えば晴人は救い出しに行っていただろう。誰かにお願いされなくとも。
心を入れ替えようと深呼吸をしようとするがある一声によって出鼻をくじかれた。
「小室、何授業中に何者顔で電話してんだ。成績一にするぞ」
忘れていた。今は授業中であった。授業の妨害だけはしないと決めていたがあっさりとその決心は崩れた。
しかし深呼吸しなくてもスイッチは入る。
「悪かったな」
必然的にドスの効いた声になる。その声を聞いて教室にいる者全員が顔に恐怖の色が浮かんだ。
晴人のもう一つの顔は菜々子を除く学校の人は知らない。慄くのは当たり前だろう。
「菜々子」
別段大きな声というわけでもなく、むしろ低い声で通るはずがないのだが、数秒すると教室に菜々子が来た。
「全員に連絡しろ。双葉ちゃんが誘拐された。直ちに情報を集めろ、と」
菜々子は表情を変えず、淡々と晴人の言ったことをこなす。
「末端にも伝える?」
「そうしてくれ」
菜々子が仕事を終えると二人は荷物を持って、学校から出た。教室を出るときいつもなら怒声が飛ぶのだが今日ばかりは何も言わなかった。

その頃、双葉は目隠しをされ、口を塞がれ、手足を縛られて車の中にいた。
ここは暴れるべきなのか、暴れない方が安全なのかよくわからず、暴れないことにした。理由は無駄に体力を使い果たさないため。もちろん、捕まったときは抵抗したが、車の中に入れられ、こんな状況になってからは抵抗しなくなった。
正直今の自分に驚いている。もし誘拐されたら、ということを考えていたときは恐怖に支配されると思っていた。しかし実際起こってみると冷静に自分の状況を見れる。そういられるのは九十%以上晴人の存在があるからだ。何があっても助けに来てくれる。そう心の底から思えるから冷静でいられる。
誘拐犯は四人。運転手、助手席、双葉を真ん中に挟むように二人座っている。特別何かをしてくる気配はない。ただの誘拐犯らしい。
「やけに大人しいな」
耳は塞がれていないので話し声は聞こえてくる。
「人違いだったりして」
「そんなはずはない」
人違いで誘拐されたのなら冗談じゃない。でも人違いでアイドルを誘拐するなんて有り得ない。
「確かに双葉ちゃんだよ」
どうやら人違いではなさそうだ。こんなこと思っている自分が怖くなってきた。
「誘拐とか初めてだけど、ドラマとかってもっと暴れてたよね」
「だよな。でも暴れないなら楽でありがたいだろ」
初めてと言う割には落ち着きがある。誘拐以外の犯罪はしたことがあるのだろう。
そうこうしている内に車が止まった。
「降りるぞ」
扉の開く音がして、担いで運ばれる。歩く音からして砂利道。そして暗くなったと思ったらコンクリート音に変わった。
一分くらいで床に下ろされた。
「攫ってきましたぜ、ボス」
「よくやった。目と口のは取ってやれ」
言われた通り、目と口の自由は返してくれた。場所が暗いこともあって、すぐに目が慣れる。
いる場所を目だけを動かして確認する。予想通りであるが工場らしき場所である。
そして双葉の正面に一人ソファに座っている男がいる。
「俺が君を誘拐してくるよう命じた張本人だ」
紹介されなくてもわかっている。どうやら晴人が此処にさえ来れれば助かりそうだ。
しかしそれは甘い考えだった。
「君を誘拐したのは俺の慈悲だよ」
「誘拐が慈悲?」
「今日発売の週刊誌に君と小室晴人が一緒にいた記事が書かれている。これで君はもうお終いさ。犯罪者と一緒にいたなんて書かれたらな」

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