その光が照らすもの 18.東京制覇 6

「おい、ボロボロじゃねぇか」
「人のこと言えるか?」
「うっせぇ。さっさと本気出せし」
「そのままそっくり返すよ」
翔と賢也は軽口をたたきながら笑っている。
その言葉を聞いて顔を引き攣らせている羽田と古谷。
「本気出せって、本気出していないのか?」
「ああ」
「もちろん」
翔と賢也はさも当然というように言った。
「うちのチームは共闘するとき先に本気を出した奴が負けっていう仕来りがあってよ」
「だからこいつが本気出さないと本気出せないんだわ」
賢也の言葉を翔が繋ぐ。だから納得しろという風に言われても到底承諾できない。
ありえない、と言葉を失っている羽田と古谷。
そこに鶴の一声ならぬ晴人の一声が響いた。
「遊ぶのはそこらへんで止めとけ。この後することに支障をきたす。さっさと終わらせろ」
ヘラヘラしていた翔と賢也の顔が引き締まる。
「そんじゃあ、勝負は晴人の負けってことで」
「本気を出させてもらう」
しかしその口までは引き締められなかった。
夜覇王の特徴は本気を出すと雰囲気が変わることだ。まるで人が変わったかのように。
それを察した羽田と古谷は気を引き締めて構える。だが翔と賢也の動きはこれまでとは別格だった。
ただ真っ直ぐ突っ込んでいた翔がフェイントを入れ、決して自ら動くことはなかった賢也が先手を取る。そして何より動きの滑らかさが際立っている。特別速いわけでもないのに体の反応が遅れる。そういう独特のテンポを持ち合わせていた。
翔は古谷に肉薄するが、手を伸ばせば届く距離に入ると滑るように古谷の左側に動き、右足で腹部を蹴る。古谷はまともに食らい、体をくの字に折る。翔は低くなった古谷の頭に肘打ちをする。古谷は顔から地面に倒れる。
賢也は羽田の懐に入り、下から上に顎に向けて拳を突き上げる。羽田はそれをなんとか躱したが、賢也は掌を返し、手を広げると羽田の顔を掴み、頭を地面に叩きつけた。
勝敗は決した。翔と賢也の方が一枚上手だった。
「よし、終わったな。こいつらをあのトラックに積むぞ」
夜覇王全員で倒れている人をトラックに放り投げる。辛うじて動ける者に運転を任せ、外に追い出す。伝言は忘れることなく伝えた。
廃工場には夜覇王と双葉だけとなる。双葉は緊張の糸が切れたようにへなへなと女の子座りをしている。
「ごめんね、俺のせいでこんな目に遭わせてしまって」
「そんなのぜんぜん。謝らないでください。私の不注意ですから」
「注意してようがしてまいが原因は俺だ。俺さえいなければ起こらなかったことだ」
「いいえ。私がアイドルやっているからです。狙いやすかったんですよ」
「それは断じてない。俺と会っていたから狙われたんだ。あいつらの目的は俺だったのだから」
辛気臭い雰囲気となる。誰が悪いとかの押し付け合いは何も生まない。
「そんなのどっちだっていいわよ。宴よ。勝ったんだから」
奈緒がアホくさいと悪態をつく。
「ま、そうなるな」
晴人は呆れた表情をして言う。
夜覇王の全員は息を潜めて、晴人の一挙手一投足を注視する。それは晴人の一声でこの先の行動が決まるからだ。
「楽しい楽しい宴の時間だ。こっから近いショッピングモールは?」
「南西にバイクで十分くらいのところにあるよ」
「よし、んじゃ凱旋だ」
おー、と夜覇王全員が叫ぶ。まとまりなく外に出て行く。
晴人は双葉に手を差し出す。
「一緒に来な」
「でも、私仕事あるし」
「そんなの休みに決まっている。あっちに戻っても。俺の言う通りにして。そうすれば全て上手くいくから」
晴人の口調は有無を言わせない棘があった。
「わかった」
双葉には従う以外に選択肢はなかった。晴人の手を握り、立ち上がる。
二人のもとに咲里が近づく。その手にはスマホが握られている。
「これ、双葉ちゃんのよね?」
「はい、そうです。ありがとうございます」
咲里の用事はそれだけだったようで渡すとすぐに外に向かった。
双葉はスマホに電源を入れると数えきれないくらいのメールと電話が来ていた。それはどれも会社からだった。
「これから俺が言うことをマネージャーに電話で伝えて」
双葉は晴人の言葉に頷く。
「私は無事です。でも今戻ると更なる混乱を招かねないので夜になったら家に戻ります。心配しないで待っていて下さい。また帰る時間が分かり次第電話します、と。それ以外喋るな。どんなことを聞かれても一方的に言って切れ。わかったな」
初めて会った頃のような優しさや敬意など皆無である。理不尽であろうと聞いてもらうにはお願いではなく命令になってしまうのはそうする以外の方法を知らないから。そしてこれが正しいと思っているから。
双葉は晴人に言われた通り、マネージャーに電話をして、言うだけ言って切った。通話だけでなく電源も。
晴人と双葉は外に出て、夜覇王のメンバー同様バイクに乗る。晴人は用意周到にヘルメットを二つ持ってきており、一つを双葉に被せ、バイクの後ろに乗せる。
「バイク乗るの初めて」
「心配しないでね、安全第一で運転するから」
晴人は鍵を差し込み、エンジンを動かす。ズドドドドド、という音と共に車体が揺れる。
双葉は怖そうな表情を浮かべている。初めてバイクに乗るのは怖いことを晴人は知っている。晴人も初めてバイクに乗るときは怖がっていたから。
「音鳴らしたい奴は後ろに行けよ。出発だ」
晴人を先頭に三十三台のバイクが一団になって走る。

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