神聖な火と黒い炎の国

これは、随分と前になりますが、僕の馴染みのBARのマスターから聞いた話です。いわゆるファンタジーというのですか、といってもマスターの作り話ではなく、マスターも他のお客さんから聞いたお話を僕に伝えてくれただけでした。マスターは、そんなお話ができるようなお人柄じゃありませんから。

僕の名前は畑(はた)と言います。では、そんなとあるBARで聞いたマスターのお話を聞いてください。面白い話ではないかもしれませんが、どこか記憶の奥底に眠るような、不思議なお話でした。

僕は、その時、ボンベイサファイアという透明感のある水色のボトルから注がれたジンを飲みながら、少し酔いの回った気怠さの中で、マスターの話に耳を傾けていました。

それは、古い古い時代のお話だそうです。
きっと、歴史にも残っていない、それほど古い時代のお話だったと言います。
本当か、嘘かも解りません。
どこの国の話かもわかりませんが、それは、はるか東にある小さな島だったと言います。
このジンのボトルのように美しい海の色と緑の大地に覆われた島だったそうです。

その島は、とても平和な国だったと言います。
争いごともなく、みんなが家族のように調和して生活しておりました。
自然と共存し、神々を尊び、高度な文明と知性を持っていました。
面白いことに、その国には、金色の龍が住んでおり、そこの住人も龍族と呼ばれていました。
男性と女性の役割がはっきりと別れ、それぞれは責任をもってその役割を果たし、お互いが、お互いを尊重し合い、補い合って生活していました。

彼らは、神聖な火を使い、それは生活に潤いと豊かさ、そして利便さをもたらしていました。
また、その火を使うことによって高貴な金属や宝石を作り出すこともできました。
それらは、彼らの生活の道具として使用されました。
錆びない鉄、鏡のように輝く石、高く起立する塔や柱は、その文明の象徴でした。

いつまでも、平和な生活が続くかと思われたのですが、ある日、空に黒い龍が現れました。

最初、黒い龍と金色の龍は空で対峙していました。
決して、接触することは無かったのですが、二匹の龍は長い胴を絡まるようにくねらせていました。
でも、龍たちが、争うことは一度もありませんでした。
もしかすると、空での絡みが、龍たちの会話だったのかも知れません。

何度か、そんな黒龍と金龍の絡みがあってのですが、ある日、金龍が白龍、赤龍、青龍の三匹に分裂しました。
そして、その三匹の龍の身体は、白、赤、青の三つの珠に、龍の魂は、人々の心の中に隠れました。
今の言葉で言うと、三匹の龍はそれぞれある人のDNAの中にその存在を隠し、子孫と共にその命を受け継げられているようです。
その結果、黒龍だけがその国に残りました。

黒い龍の影響かどうかわかりませんが、人々が使う神聖な火の中に黒い炎が混じるようになりました。
やがて、その黒い炎を使う人が現れ、あっという間にそんな人々が増えました。
黒い炎は、神聖な火のように高貴な金属や宝石を作ることはできませんでしたが、激しい力を持ち、人々を魅了していきました。
そんな中、ある人がその黒い炎を使い鉄の剣を作りました。
その剣はすさまじい力を有しました。
それゆえ、その剣の持ち主は、神の如く力を駆使し、人々との差別が現れました。
力のあるものは、弱き者を支配し、かつてのような協調や調和は失われていきました。
あちこちで、力のある者同士の争いが生まれ、それは段々と増加していきました。
黒龍もやがて、その姿を人の中に隠しました。

黒い炎を使う剣を持つ者は、神聖な火を使う人々から様々な物を奪うようになっていきました。
その国は、かつての有り様から遠くその姿を変えていきました。
しばらくそんな時代が続いたのですが、あるとき、一つの事件が起こりました。
それは、海を渡って、角のある人がその国に現れたのです。

角のある人は、その国に着いたとたん、黒い炎の民と神聖な火の民の争いの場面に出くわしました。
争いといっても、一方的な虐殺です。
角のある人は、彼らとは別の能力を有していました。
神聖な火の民は、その能力を神の力と信じ角のある人にすがりました。
角のある人は、神聖な火の民の期待に応え、黒い炎の民と戦いました。
苦難の末、角のある人は、黒い炎の民に勝利し、彼らの剣を奪い取りました。


あまり、話が長くなるといけないので、この辺で、はしょってお話させていただきます。
角のある人が、黒い炎の民に勝利したあとのことです。


角のある人は、神聖な火の民の娘をもらい子孫を残しました。
そして、その角のある人は、その地方の王として迎えられました。
争いはありましたが、民を思った良心的な国となったようです。
角のある人は、その国の人と交わり子をもうけ、その子たちも可能なかぎり平和な形で領土を広げていきました。

角のある王がやがて死に、その子が王となり、また国を治めました。
その王も年月が重なるとともに死に、やがて、また次の王が生まれました。
幾台かの後に、また新しい事件が起こりました。

今度も、海を渡り太陽の子と呼ばれる人が、この国に現れました。
太陽の子たちは、その名のとおり太陽のように激しい力をもって、その国を支配していきました。
角のある人々も最初は抗いましたが、その力には及ばず、やがては、太陽の子たちに、その国を明け渡しました。

最後まで争った角のある人々は、太陽の子たちに、鬼と呼ばれるようになりました。
鬼は、その国で生きることができなくなり、その角を隠し、地に逃れました。
その国は、太陽の子が全てを握り、人々の上に君臨しました。
最初は、太陽のように輝かしい統治となったのですが、時間とともにその輝きは、薄れていきました。
人々は、本当の太陽の輝きを忘れ、偽りの光の中で生きようとしました。

しかし、偽りはやがて滅びます。
その国の人々が、暗闇の中で生きる中、人々は、黄金の火を求めました。
黄金の太陽を再び輝かすのは、金の龍が蘇った時だと言います。
その金の龍を蘇らせるのは、黒龍も含めた、白龍、赤龍、青龍の4匹の龍だという伝説を残しました。


簡単ですが、これが、マスターから聞いたお話です。
なんでも、その話の最後に言っていたのは、神聖な火が再び灯るとき、4匹の龍は現れると、そして、金龍を蘇らせ、金龍は、炎の中で、鳳凰になる・・・・と。

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