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【小説】 『三つの願い』

 その研究については言及することさえ控えられていた。「ウィッシュ研究」と呼ばれるそれはなんのことはない、いわゆる「お願いごと」についての研究であった。子どもが聞くおとぎ話に出てくるようなーー


 小国であるA国の軍事費に占める「ウィッシュ研究費」の割合は異様なまでに高い。だからといって夢見がちで無謀な君主がいる国だというわけではない。これは、各国の軍事もしくは諜報機関でも、血眼になって調べられていることであった。
「……よって諸君、これは極めて機密性の高い情報であるが、ウィッシュというものは存在するということをここで君たちに知らせる」
 ウィッシュ担当部門の責任者ウルソグ大佐が地下の会議室で、新たな部門担当者たちに講義を行なっていた。真剣に話を聴いている四名の若者は軍の職員だが、全員スーツを着ている。兵隊ではない。スカウトされた特別参謀チームである。
「とは言っても、にわかには信じられない話であろうが……」大佐は片目をつりあげて、新人たちを見た。
「いえ、大佐。私はーーいえ、我々は信じます」
 新人のリーダー格であるイスバンが言った。全員うなずいている。
「我々が総合戦略部の精鋭であることは理解しています。我々は事前に話し合い、極秘任務が課せられるのであろうと予想しておりました。潜入活動や何らかの巨大な国家プロジェクトの計画に参与するものとは覚悟していましたが、機密の程度の高さには驚いておりました。きっと予想を上回るようななにかだと薄々思っておりました」
 勘の鋭さも一級である。そういう連中を選抜してあった。最後まで疑う者がいてもおかしくない。そういう者にウィッシュの存在を信じさせるところから始めていては時間がかかりすぎる。かといって、オカルトに傾倒しすぎるような者が来るのも勘弁願う。担当者には、現実的な可能性やリスクを適切に評価する高度なリテラシーが問われるのだ。
「なら話は早い。一国がウィッシュを手に入れたときの影響力は計り知れないとわかるだろう。他国に対して圧倒的に有利な立場に立つことができる。だが、ウィッシュは完全に発動されると、次なるものの手に渡る。ウィッシュを手に入れて国が栄えても、次の瞬間にはそれが覆される恐怖に怯えることになるのだ」
「恐れながら」と挙手したのは、ハレという数理論理学と応用物理哲学のエキスパート、32歳の最年長であった。
「今大佐はウィッシュを『手に入れる』とおっしゃいましたね? ウィッシュは手に入れられるような対象なのでしょうか。具体的な形式については知られているのでしょうか。たとえば神の啓示のようなものとして訪れるとか。あるいは、もしや、その……」ハレは言いづらそうに、「魔法のランプからジニーが出てくるとか?」と言った。だがだれも笑う者はなかった。ウィッシュは「願い事」としか伝えていない。そう思ったところで無理もない。ハレは続けた。
「具体的にイメージするためにも、先にそれを伺えたらと……」
 もっともな意見だ。彼らを信じて機密を少しずつ明かしていくことにする。
「ウィッシュは能力だ。稀な条件でその能力を発動させる者が出現する。神に選ばれし者に与えられるだとか、魔法のランプの所有者がそれを行使する権利を得られるといった古今東西の物語があるが、それらはすべて比喩だ。ウィッシュは遺伝子的な変異によって能力として備わり、その能力の発動として願いが叶うのだ。ただし、願いを述べられるのは生涯で三度とされる」
 大佐はそこからゆっくり、声を低くした。
「それが今、わが国の番なのだ」
 自らがその能力者であるという者が国民の中に現れたのだという。各宗教機関による予言と、科学的調査の一致が、そのことを裏付けた。

 ここでやっと手刷りの資料を配布する。一見すると文芸作品集のようにカモフラージュしてある。
「ウィッシュにはいくつかのルールが判明している。さきほども言ったように、過去になされたウィッシュを無効にするような願いについては有効だ。だがそれ以外のウィッシュ自体に関連する願い事、『メタ願い』は禁止だ。『願いの数を増やしてほしい』とか、『この願いが永久に効力を発揮しますように』とか、『ウィッシュの力が他に渡りませんように』といったものがメタ願いに含まれる。それらを願うことは、そのまま願いを叶える機会を一回失うことになる。あと、将来だれがどんなウィッシュを使うかといったようなことについての情報を得ることもできないし、コントロールすることもできない」
「では他に、どんなことならば叶えられて、どんなことならば叶えられないのでしょう」
「すべてがわかっているわけではないが、過去を変える、時間を止める、タイムトラベルするといった『時間』に関する願いは不可能だと知られている。原理的に無理なことや期間を考えてあまりに無理のあることもダメだ。物理法則を根本から変えるようなことも起こらない」
 他の法則についても資料には暗号化されてリストアップされているが、いずれも簡単に実験もできなければ理屈も不明の現象であり、確実そうな事実と、おそらくそうであろうこととが混在している。その確からしさはA、B、C、D、Sでランク付けされている」
 資料にはウィッシュが使われたとされる知られている限りの伝承も記載されていた。文芸誌としてカモフジュラージュされているにも関わらずこの資料は持ち出し禁止であり、各自にはこの場で己のノートに暗号化してメモすることを認めた。
「諸君にはここまでの話を持ち帰ってほしい。明日別室でブレインストーミングを行う。それまで四人にはそれぞれ別の部屋を与えるのでそこで自由にすごして考えてくれ。明日まで合議は禁止だ」
 三人がだまって立ち上がり、すみやかに与えられた部屋へと散っていった。
 スーツの下に赤いシャツが見える21歳の最年少、クラムだけは大きくため息をついて、ゆっくりと立ち上がった。

 イスバンのアイディア
 俺が思うに、各国の機関はほぼ同様のことを考える。「どうやって他国をだしぬく」か、だ。これは戦略研究と同じで、ゲーム理論で考察する対象だと言えよう。そうすると、最初に考察するにあたって、どんな願いにするかは細かく考える必要はない。なんについてでもよいから(それをXと置く)、A国が「Xで1番になる」を願ったと仮定するところから始めよう。たとえば「A国がもっとも裕福になる」でもいいし「A国が世界でもっとも兵力を有する」でもいい。次のウィッシュを B国が手に入れた場合も、同様のことを願うであろう。その時点でA国はもっとも裕福ではなくなり、もっとも兵力を有する状態ではなくなる。B国がそれらを手に入れることになるだろう。
 つまり、何であれ「わが国が1番」という願いは無意味なのだーー

「で、お前が考えたのが、『わが国が3番目に裕福になる』『わが国が3番目に兵力を有する』『わが国が2番目に栄える』だと?」
 大佐は目をつり上げた。
「はい。願う例のひとつではありますが、基本的にはそのようなものになります」イスバンは自説に自信を持っているようだ。
「ゲーム理論と統計学による帰結です。全地球にある国の数 n と、ウィッシュの回数3のみが変数です。確率的に最強となる、各願いで望むのにふさわしい順位は、平均2.7と出ました」
 詳しい説明がなされたが、大佐が概ね理解できたのは次のことだ。
 1位になると、次にウィッシュを持った国によって容易にひっくり返される。次の国は利益を得て1位になるのではなく、1位国の首位が転落することで1位になる可能性もある。2位でもまだ同様である。3位くらいだと、ウィッシュで得するものと、そこあとに損なわれるものとの収支が最大になると計算されるという。
「ふうむ」
 考えるに値する意見だ。だが、もう少し他の意見も検討せねばならない。


 ピレオのアイディア
 
人間が考えてもムダだな。ここは論理的に考えるより、シミュレーションに頼るべきだろう。そこで必要なのがAIだ。残念ながら通信を介してAIを利用すると情報漏洩してしまうので、軍のスーパーコンピュータに頼る必要がある。だがコンピュータについては他国には敵わないので、我が国はどうしても差をつけられてしまうわけだが、ウィッシュがあるなら……

「……というわけで、もっとも優れた AI を開発できるように最初に祈るべきです。『もっともふさわしい願いは?』と直接尋ねるとメタ願い禁止のルールに抵触しますが、それを考えるAIを作るならば大丈夫です」
「ふうむ。ウィッシュのひとつ目はそれに費やされてしまうわけか」
「それだけではありません。開発されたAI は残ります。それだけでも充分に価値はある上に、当初このウィッシュによる利益を最大化する計画にも寄与します。第一のウィッシュは『知恵』についやすべきです」
 なるほどもっともなような気がしてきた。だが、もう少し慎重に検討したい。


ハレのアイディア
 資料によれば、ウィッシュの能力者だという教員夫婦のあいだに生まれた少年は7歳である。その直前のウィッシュ能力者は Z国にいたという説が有力だ。するとZ国で最初の願いが発動した時期は不明だが、最後に発動されたのが7年前ということになる。その内容は『仮想通貨で必要とされる暗号技術の開発』に関係しているというのが、各国で一致した見解である。
 だが数々の資料はこれを裏付けてはいるものの、果たして本当だろうか? メタ願いが禁止であるということまでは事実だとしよう。だが、叶えた願いを確実に維持する手段なら、ないとは言えまい。たとえば自国最大の経済力を得ることを願ったあと、「他国のもっとも重要な関心が軍事力に向く」というように願えば、他国はウィッシュを手に入れても、まっさきに経済力に関することは祈らないはずだ。すると先に願った国の経済力は維持される。
 Z国がウィッシュでなにかを願ったあと、他の国の国民がそれに気づいて覆すことのないよう、メタ願いにならぬ形で願った可能性はないか?
 そうなると……

「我々は、なにかに気づけずにいる可能性があります。それこそが、その直前になされたウィッシュの影響である可能性が大です。それを深刻に考えるべきでしょう」
「直前の願いは Z国だろう? それでいて現在それほど栄えているわけではない。Q国ならともかく、あの国の影響はそう重く見る必要はないのではないかね?」
「直前のウィッシュが Z国でなされたということについても、懐疑的になったほうがよいでしょう。極端なことを言えば、『メタ願いは禁止』というルールそのものが、ウィッシュによって我々が信じ込まされているだけかもしれないではありませんか。過去のウィッシュの無効化は願いとして認められているということですから、まずはそれを実行すべきです。そうすればその前後の国際情勢を比較して、直前にどの国がなにを願ったかを確実に知ることができるでしょう。その意義を検討してから、第二、第三のウィッシュを使うべきです」
 ピレオが議論に加わってきた。
「いやいや。さらに裏をかいて、そんなわかりやすい願いをしなかったとしたらどうだ? ウィッシュの機会を単に失うだけになってしまうぞ?」
 だがハレは譲らなかった。
「それでも、得体の知れない影響があるよりははるかにマシだ。それは取り返しがつかないものなのかもしれないんだからな」
 大佐は、思ったよりも問題が難しいことに気づかされた。だがまだひとり、プレゼンを残している者がいる。彼の意見を聞いてみよう。


クラムのアイディア
 ハァ。なにやったって同じだよ……

「はあ? なんだと?」イスバンが声をあげた。「お前、もっと真剣にやれよ」
 だがクラムはひるまない。
「ったく、ウィッシュがいつからあると思ってんだよ」
「どういう意味だ?」慎重派のハレも憤りを隠さなかった。
 まあまあ、と大佐はハレをなだめた。
「クラムくん。もう少し、私にもわかるように言ってくれんか」
 クラムはため息をつき、めんどくさそうに言った。
「ウィッシュの歴史はざっと千年単位。世界の国の数が三百。ざっくり十年くらいのオーダーでウィッシュが移動していることになるじゃないか。ふあーぁ。まだ言う?」
 さっぱりわからない。他の三人も同様だろうが、わからないと言うのはプライドが許さないのだろう。だから私が言うしかない。
「頼む、続けてくれ」
 若者は気乗りしなさそうなまま続けた。
「短かすぎるだろ。三つも願いがあるってのに」
「それは……」たしかにそうだ。我が国にウィッシュの順番が回ってきたということは運がよいというより、思いの外早く回ってきたと考えるべきということか。
「それで、短いとどうなのかね」
「こんな強力なもの、使わずにとっておくのがいちばんなんだって。ジョーカーってのは最後に使うもんだろう? それが、次にだれかに使われることになるってわかっているのに、手放すやつがどこにいる」
 たしかにそうだ。
「たぶんさ、三つあるのが落とし穴なんだよ。ひとつ目は、まだふたつあると思って使うだろ? あとは取っておけばいいと考える。だが、それが失敗のもとなんだ。昔話で願い事で成功したやつぁいない。ひとつ願った失敗を無効化させるために、残りであれこれやる。ひとつ目を使ったが最後、三つ目まで使わざるを得なくなるのさ」
 それを聞いて、残りの三人の若者の中には、すでに結論に気づいて唖然としてる者もいる。だが大佐にはまだわからない。
「じゃあ、どうすればいいと?」
「ひとつ目を使わないことだ。ぜったいに得なんかしない、っていうことを肝に命じてな。三つ目を使わないためにはそれしかないんだ」
 大佐は、先の国がなぜ三つ目の願いを使ったのかに思いを馳せた。だがそんな暇はなさそうだ。この国の政治家たちをどう納得させるかについて考えなければならなかった。


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