福祉と援助の備忘録(7)『悪薬は口に苦し』

福祉と援助の備忘録。今回は薬の話。


精神科の薬はたくさんある。昔は種類が少なかったから、それと比較するとずいぶんと治療の選択肢が増えた。よいことである。薬によって効果や副作用は異なるからだ。


最近もラツーダ(ルラシドン)と呼ばれる薬剤が国内で認可された。米国では10年前から使用されている薬であるが、国内での認可がずいぶんと遅れてしまった。治験に2度失敗したためである。そのためか日本の医師にはまだあまり使われていないが、向こうでは副作用が少ないことで定評がある。

薬の種類だけでなく、注射薬も含め剤型も増えた。ただ、どんなに良いと言われている薬を使うとしても、現在の処方を変更するのにはリスクがある。だから新しいものは試さないという医者がいる。逆に新しいもの好きで、新薬が出たらまずは試すという医者もいる。


入院病棟で患者に薬を投与し、その投与された患者ともっとも近くにいるのは看護師である。貼るだの注射するだの口に入れてから舌の下に入れてしばらく待たねばならぬだのといった投薬に関わる手間の差は、看護師の仕事のやりにくさに直結する。また、その薬が効いて患者が大人しくなるかどうかも重要である。医者の出す薬に、看護師は敏感だ。


「面倒なことはしてくれるな」


は、忙しいスタッフが皆思うところである。そのせいで病棟によってはすべての患者が古いタイプの同じ薬を処方されている、などということがある。患者さん本位で薬が選ばれないのである。


患者のほうが新薬を求めることは少ない。医療がまだまだ医師主導ということなのだろう。インフォームドコンセントという言葉さえもはや古く医師と患者が一緒に治療を検討するシェアードデシジョンメイキングの時代だと言われているが、現状がそれには程遠いということは、薬剤メーカーの宣伝が患者向けにはなされないということからも明らかである。


薬を服用する側の立場に立つと薬の性質には、効果・副作用もひっくるめた「服用しやすさ」というものがある。「忍容性」という。

「良薬は口に苦し」などという言葉があるがとんでもなくて、「苦くて飲み続けられない薬は効果がないのと同じ」である。「苦い」以外にも「面倒くさい」だとか「高い」だとかいったものも同じことになる。


これらのユーザー視点は、しばしば忘れられる。患者が薬を飲まなくなれば再発するにも関わらず、だ。統合失調症であれば、投薬なしでは6割5分が再燃する。


「効く薬なのだから出せばいい」は、安易すぎる。処方の話ばかりではなく、「私についてきている患者は皆良くなっている。良くなっていないのはついてこないやつばかりだ」と主張する医者もいて、本当に治療脱落率が高いとしたら、その医者はだたのヤブである。名付けて「忍容性の低い医者」だ。


忍容性の低い薬から派生して、忍容性の低い医者、忍容性の低い医療機関といったものまで考えよう。患者が良くならないのは、「ちゃんと薬を飲まないせい」「ちゃんということをきかないせい」「ちゃんと通院しないせい」と患者が悪者になる文脈が用意されがちである。


「新薬を試したいのですが」


こういう、患者として当然言って良いことを言って怒られる人は多いだろう。怒られはせずとも不快感を露わにされることもある。医者が不勉強のため、知らないことを指摘されたくないというのもあるだろう。多くの患者は、最初からその面倒を恐れて、黙って耐えている。


運良く次なる医者に行けたとき、これまでの医療機関での不満が爆発する。「後医は名医」なんて言葉もあって、前医がよほど悪い人だと、「この人は親切だ」と医者が思ってもらえるハードルが下がってずいぶんと医師患者関係がよくなることもある。


省力化を測ろうとしたとき、人はメニューを絞り出す。それは、定食屋で「いつもの」と言うようなものである。だが「いつもの」と言っていいのは客である。「いつものにするぞ」と定食屋のおやじが客に強要する店がどこにあるだろう。だが病院という店にはいるのである。


ただし最後にこれも言っておきたい。

世の中には「カレーにマヨネーズを入れるんじゃねえ!」と言うカレー屋のおやじとか、「カリフォルニアロールは寿司じゃねえ!」と言う大将もいる。その良し悪しもまた議論されるところであろうが、客が「注文した以上なんでも出せ」と思うこともまた、不幸を呼ぶかもしれない。客には客の仁義もあるはずだ。


薬を選ぶという本当のところ大きく手間のかかる作業を、患者ー医師間で楽しめるといいのだけれど。立場があまりに弱すぎる患者は、受け身になるか、逆に高飛車になるのが現状だ。


Ver 1.0 2021/7/23


前回はこちら。


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